【専欄】「敗者」が語る歴史の「真相」 元滋賀県立大学教授・荒井利明 (1/2ページ)

 権力闘争には勝者と敗者が存在し、歴史は通常、勝者の立場から描かれる。だからこそ、敗者による回想録や敗者の伝記にはひかれるものがある。

 毛沢東の後継者、華国鋒らの「宮廷クーデター」によって拘束され、法廷に引き出された江青(毛沢東の妻)ら「四人組」は間違いなく敗者である。その「四人組」の一人、張春橋(1917~2005年)は法廷で沈黙を貫き、人々に強い印象を与えた。

 香港で昨年夏に刊行された、上海紙「文匯(かい)報」の元記者、鄭重による張春橋の伝記は800ページを超える大作で、「四人組」の軍師と評された張春橋の生涯を、家族や関係者らのインタビューを交えながら公正かつ詳細に描いており、張春橋はもちろん、文化大革命(文革)を理解する上で必読の書である。

 興味深い記述が多々あり、そうだったのかと思わせる「真相」も明らかにされている。例えば、張春橋ら「四人組」は1981年の判決で、毛沢東死後の76年秋、上海で武装反乱を企てたと認定されたが、それは当時の上海市の幹部だった徐景賢の「偽証」に基づくものだったという。徐景賢は裁判で、「武装反乱の主な具体的組織者、指揮者は私で、張春橋が北京から上海に指令を発した」と証言している。

 徐景賢はなぜ偽証したのか。「四人組」につながる幹部として拘束された徐景賢は、張春橋が武装反乱の指令を下したと証言すれば、自身の起訴は免れるとの取引に応じたからだという。もっとも、徐景賢は偽証したにもかかわらず、起訴され、懲役18年に処せられた。だまされたのである。徐景賢は2冊の回想録を残しているが、いずれにも偽証に関する記述はない。徐景賢は亡くなる前年の2006年、偽証の経緯を知人の史学者に初めて話したという。

続きを読む