「マレーシアの顔」やはりこの人

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  • 2018年4月、インタビューに応じたマハティール氏(ブルームバーグ)
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 92歳のマハティール氏がマレーシアの首相に返り咲いた。20年余り続けた首相を2003年に退いてから約15年を経て、再び世界の表舞台に立つ。歴史を体現してきたとも言える古くて新しいこの国の顔を写真で振り返る。(ブルームバーグ Jody Megson)

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 ■1982年

 総選挙で国民戦線が地滑り的勝利を収め、マハティール体制が固まった。

 ■1984年

 ホワイトハウスでレーガン米大統領(当時)と会談。米国の外交政策をあからさまに批判し続けたマハティール氏は1997年、世界人権宣言を米国などがその価値観をアジア諸国に押し付けようとする圧政的な手段だと主張した。

 ■1990年

 クアラルンプールを訪れたネルソン・マンデラ氏と並ぶマハティール氏。黒人初の南アフリカ共和国大統領となったマンデラ氏が死去した際、マハティール氏は「私が会った指導者の中で最も尊敬する人物は誰かと問われれば、いつでもためらうことなくマンデラ氏の名を挙げる」と述べた。

 ■2006年

 クアラルンプールで投資家のジョージ・ソロス氏と会談するマハティール氏。同氏は1997年、ソロス氏について東南アジア経済を徹底的に搾取(さくしゅ)する「利己的なごろつき」を代表する「愚か者」だと断じていたが、2006年の会談時には同氏が1997年のアジア金融危機を仕組んだわけではないことを受け入れた。

 ■2018年5月11日

 記者会見に応じるマハティール氏。5月9日の連邦下院選挙で、同氏率いる野党連合が勝利し、約60年にわたり政権を維持してきた与党連合、国民戦線の支配が終わり、歴史的な政権交代が実現した。