【寄稿】適応法成立で日本でも対策が本格始動

 ■適応情報プラットフォームが自治体をサポート

 □WWFジャパン自然保護室次長/気候変動・エネルギープロジェクトリーダー小西雅子

 ◆「適応」に高まる関心

 「えっ、適応についてのご質問ですか?」-。5月中旬、東京都江東区の東京ビッグサイトで開催された地球温暖化展での講演後、聴講者からの質問に対し、私が何度となく口にした言葉です。

 筆者は、各地で年間何十回と講演をしますが、講演後に寄せられる質問や相談は、温暖化の科学や、パリ協定を中心とする国際的な温暖化対策など、大半が緩和(排出削減)に関するものです。温暖化の悪影響に対する適応については、質問がほとんどありませんでした。

 ところが5月中旬の講演では、質問・相談をいただいた方々の半数以上が、適応に関するものでした。自治体からは「適応計画にどのように手を付ければいいのでしょうか」、企業からは「適応の事業にはどのような例があるのでしょうか」といった質問をいただきました。なかには、「適応のコンサルティングを計画しています。協力していただけますか?」といった具体的なご相談も寄せられました。

 「適応」とは、温暖化の悪影響に備えること、つまり温暖化の影響に抵抗力をつけていくことです。例えば、温暖化による気温上昇に備えて、熱中症対策を強化するといったことが挙げられます。これまでは「適応とは何か?」の説明から始めなければいけないほど、一般には市民権を得ていない言葉でした。これからは、適応が人々の生活の身近な存在になっていきそうです。

 ◆気候変動適応法の成立

 こうした変化の背景には、日本の「気候変動適応法」(適応法)も関係がありそうです。同法案が今国会(第196回通常国会)で審議され、6月6日の参院本会議で可決、成立しました。

 政府は2015年、気候変動のさまざまな影響に対し、政府全体で整合のとれた取り組みを総合的かつ計画的に進めるため、「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定し、適応への対応を進めてきました。この中で、農業や産業など各分野の温暖化の影響評価に基づき、被害軽減策がまとめられました。例えば、今世紀末に大雨時の雨量が現在より1~3割増えたり、九州の米の品質が大幅に落ちたりするといった被害予測をもとに、大雨対策や暑さに強い作物開発といった農業、水環境、自然災害、健康、産業など7分野の対策が盛り込まれました。

 被害の軽減には地方自治体の取り組みが欠かせませんが、適応計画をまだ策定していない自治体があるほか、計画の中身が不十分との指摘もありました。そこで、適応の取り組みを加速させるには、“法的根拠が必要”ということで、適応法を制定することになりました。

 適応対策をとることに法的根拠がつくことで、自治体や企業の間でも関心が高まってきたと言えそうです。

 ■適応法の内容

 適応法ではまず、温暖化の影響がすでに日本でも顕在化し、今後さらに深刻化する恐れがあることを明確にしています。温暖化の影響はもはや避けられないため、適応策をとることは不可欠としています。

 適応で重要なことは、主要な担い手となる地方自治体が適応計画をたて、適応対策を実施していけるようにすることです。しかし、必要となる適応策は地域性が強く、地域によってかなり異なることが常です。しかも、各自治体に温暖化の影響の専門家が必ずしもいるわけではなく、“未知の影響”に対してどのように計画をたて実施していけばよいのか、戸惑う担当者も少なくありません。

 そこで適応法では、国や地方公共団体、事業者、国民が、適応の推進のために担うべき役割を明確化しました。国は、農業や防災分野などの適応を推進する気候変動適応計画を策定し、その進展状況を把握・評価する手法を開発していきます。そして、影響評価をおおむね5年ごとに実施し、その結果を勘案して次の計画をたてていく-というPDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)が定められました。都道府県と市町村には、地域の気候変動適応計画を策定する努力義務を課しました。

 その際必要になる情報、例えば地域ごとにどのような影響が予測され、どのような適応計画をたててその影響に備えるべきなのかといった情報を提供する情報基盤の役割を、国立環境研究所が担うことになりました。

※気候モデル「MIROC5」による 出所:環境省「気候変動適応情報プラットフォーム」から筆者作成(http://a-plat.nies.go.jp/webgis/aomori/index.html)

※気候モデル「MIROC5」による 出所:環境省「気候変動適応情報プラットフォーム」から筆者作成(http://a-plat.nies.go.jp/webgis/aomori/index.html)

 こうした情報は「気候変動適応情報プラットフォーム」上で、各都道府県や分野ごとにきめ細かく検索できるようになっています。例えば、青森県の健康の項目をクリックすると、熱帯の伝染病を媒介するヒトスジシマカの生息域がどうなるか、が目の前に現れます()。青森県は現在、ほとんどの地域がヒトスジシマカの生息域ではないのですが、21世紀末には、地球の平均気温の上昇幅をたとえ2℃未満に抑えることができたとしても、生息域は約半分の地域に広がります。

 これが4℃上昇(世界が追加の温暖化対策を取らないケース)になると、青森県のほとんどの地域が生息域になってしまいます。いずれにしても、適応計画として、蚊を媒介にした伝染病対策は欠かせないことになります。

 同プラットフォームでは、都道府県ごとに農業、水環境、自然生態系、自然災害、健康といった分野の各項目を選べば、すぐに視覚化された情報がわかりやすく表示されるようになっています。また、隣の自治体はどうしているのかといった疑問にもすぐに答えてくれます。

 適応計画は市町村ごとに策定しなくてはいけないわけではなく、必要に応じて、近隣の自治体で共同して取り組むことも可能です。地域で適応情報の収集・提供などを行う拠点「地域気候変動適応センター」を置き、地域の適応計画をサポートしていく体制が整えられます。また、広域協議会が組織され、国と地方公共団体が連携して地域の適応策を推進していくことも定められています。

 一方、事業者にとっては世界的にニーズが広がるとみられる適応対策は、大きなビジネスチャンスになるものです。適応ビジネスは、防災に強い日本の技術力を活かせる分野でもあります。同プラットフォームには、事業者の適応ビジネスの例も豊富に掲載されており、どんどん追加されています。

 温暖化により水不足の深刻化が予測されるアジア、感染症対策がより重要になるアフリカ、異常気象による被害額がすでに過去最高になっている米国など、適応は世界的に不可欠な状況です。適応はただちに国連の持続可能な開発目標(SDGs)にもつながります。日本企業の活躍が期待されるところです。

 適応法の成立とともに、すべての自治体に適応計画の策定が求められるようになります。困ったら、まずは同プラットフォームを訪れてみてはいかがでしょう。適応計画をサポートするいろいろなツールと手引きが、そこにはあります!

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【プロフィル】小西雅子

 昭和女子大学特命教授。法政大博士(公共政策学)、ハーバード大修士。民放を経て、2005年から温暖化とエネルギー政策提言に従事。