日本にとって最適な電源構成を考える

2015.4.2 05:00

 ■安定供給に重要な原子力 環境負荷・安全保障…

 □クレディスイス証券 チーフマーケットストラテジスト・市川眞一氏

 □東京大学教養学部客員准教授・松本真由美氏

 2030(平成42)年時点の最適な電源構成(エネルギーのベストミックス)を決める議論が本格化している。東日本大震災前まで約3割を占めていた原子力発電の比率をどこまで引き下げるかが焦点だ。火力や原子力、再生可能エネルギーをどう組み合わせて発電するかは、暮らしや産業を左右するだけでなく、エネルギー安全保障にも直結する問題だけに、総合的な観点からの検討が欠かせない。そこで市川眞一・クレディスイス証券チーフマーケットストラテジスト、松本真由美・東京大学教養学部客員准教授に、電源構成のあり方について話し合ってもらった。(司会・井伊重之産経新聞論説委員)

 ◆化石燃料9割は異常

 --日本では一昨年9月から国内すべての原発が稼働を停止し、電源全体に占める火力の割合が約9割という状態が続いています。まず、この現状をどう見ますか。

 市川 原発の停止によって日本の燃料購入費が増加し、さらに、円安基調が続いていることもあってコストプッシュ・インフレになってしまう恐れがあります。それと大規模備蓄の困難なLNG(液化天然ガス)を常に必要量確保するため各社は大変苦労しており、実際は薄氷を踏む思いなのです。経済合理性や国家安全保障の観点、さらには環境問題からしても化石燃料が9割というのは、どう考えても異常です。

 松本 日本のエネルギー自給率はわずか6%程度で、エネルギー需給構造が脆弱(ぜいじゃく)です。さらに海外からの燃料輸入に依存している状況ですが、最近のイスラム過激派の動きから中東情勢の緊迫度はいっそう増していく可能性があり、今後も安定的に燃料を調達していけるか楽観できません。原子力発電について、私は中立の立場ですが、安全性の確保を大前提に多様な意見に耳を傾け、安全保障などさまざまな観点から考えていく必要があると思っています。

 --経済産業省の有識者会議でベストミックスの議論をしていますが、電源比率の決定にあたっては何を重視すべきだと思いますか。

 市川 私がぜひお願いしたいのは、実現可能なことを前提に議論をしてほしいということです。30年時点では、技術革新が進んだ結果として、電源構成が想定と大きく違うものになる可能性は十分にあります。とはいえ実現可能性が低いものも取り込んで検討するのは無意味です。もう一つ留意すべき点は、環境負荷の問題です。環境への負荷は、経済合理性だけでは語れない部分があります。そういう意味で例えば原子力と再生可能エネルギーで、全体の5割ぐらいにするというような目標設定の仕方もあっていいのではないかと思います。

 松本 省エネへの取り組みを強め、この要素もきちんと盛り込むべきでしょう。具体例を示すと日本は住宅や建物の断熱化率が先進国の中で最低ですので、まずこの部分に省エネのポテンシャルがあります。断熱基準を見直し、義務化することで一層省エネを進めることが可能になります。期待できる適切な省エネ効果を見込んで電力需要を予測し、電源別にどうするかを議論すべきでしょう。

 ◆抑止力としても大切

 --焦点である原子力に対する基本的な考えを聞かせてください。

 市川 高品質な電力を安定的に供給していくうえで、原子力が果たす役割は大きく、重要性をきちんと説明していく必要性があります。仮に原子力をゼロにすると、資源国はさらに高い値段でLNGを売ろうとするでしょうし、また、LNG輸送のリスクに加え、紛争などでLNG供給が途絶えると、短期間のうちに日本経済はまひしてしまいます。価格交渉で相手の言いなりにならないための抑止力、自力で一定のエネルギーを賄えるようにする必要性からして、再生エネ拡大とともに、原子力を電源全体の20%とか25%の比率にし、さらにはそれ以上に比率を上げられる準備をしておくことが非常に大切です。

 松本 個人的には再生可能エネルギーの技術革新に力を入れ、日本の国際競争力の強化につなげていきたいという思いが強いですが、原子力の選択肢をなくしてしまうのは、エネルギー安全保障や地球温暖化対策の観点から、日本にとってはかなり厳しく、段階的に依存度を下げていく方向で考えなくてはならないと思っています。しかし原子力については、東日本大震災後、安全性への懸念が強まり、反対だとする世論の声は依然多く、原子力という部分だけを切り出して説明しても理解を得ることは難しいのが実情です。例えば原子力をやめるにはどうしたらいいでしょうと問いを投げかけ、国民的議論を行う機会をつくってみてはどうでしょうか。安全保障や日本の産業への影響、化石燃料や再生可能エネのコスト負担、次世代エネルギーの将来可能性など、多角的な観点から議論し、専門家も交えて国民が意見を交わす場をつくるなどの取り組みがあっても良いと思います。

 ■再生可能エネ 国際競争力高める好機

 ◆バラ色と言えぬ現実

 --再生可能エネルギーへの期待感は大きいですが、課題も山積しています。

 市川 まず海外の実績を冷静に分析する必要があります。ドイツの2013年の再エネ比率は23.9%とバラ色のように語られていますが、付加的な電気料金が大きく上がって、これではやっていけないという声が産業界から非常に多く出ています。欧州で主力の風力発電はバルト海と北海のところに適地があって条件的に恵まれています。しかし、発電量が多くなりすぎると売電しているポーランドやチェコでは自国の火力発電の出力を落とさなければならないなどの問題も起きています。バイオマス発電は、日本よりも農地が多く、バイオマス発電燃料が豊富という利点があります。つまり、他国の数字だけを参考にして目標を決めるのは危険ですし、何といってもコストが上昇することが大きな課題として立ちはだかることになるでしょう。

 --日本の再エネ比率は水力を含めると13年度で約10%ですが、どの水準が適切なのでしょう。

 松本 再生可能エネルギーはインフラ整備や制度面も含めて解決すべき課題は多いです。しかし、新興国を含め世界的に再生可能エネルギーへの投資は増加し、導入が進む潮流にあることは間違いありません。日本はこの分野で高い技術力を有していますので、国際競争力を高めるチャンスでもあります。変動電源である太陽光や風力の系統連系問題、送電網増強などのコスト負担といった厳しい課題を直視しつつも、ある程度の高い導入目標を掲げてもいいのではないかと思っています。30年時点の再エネ比率30%と目標を掲げると現実的ではないと批判されそうですが、20%ではちょっと物足りなく思います。

 ◆買い取り価格多様に

 市川 日本の場合、東日本大震災による原発事故をきっかけに再生可能エネルギーをとにかく普及させようということになり、合理的ではない水準に価格が決められた経緯があります。当初の制度設計を間違えたことで、投機的なマネーが入ってきたりと、そのゆがみが出てきています。したがって、ここでもう一度、価格体系など抜本的な見直しの時期にきているのではないでしょうか。

 松本 地域によって初期コストは異なり、太陽光を例にあげると、地上か屋根か、中小発電所か大規模発電所か規模についてもコストは違ってきますので、買い取り価格の多様化を今後検討してもいいのではと思います。再生可能エネルギーにも太陽光、風力、地熱、バイオマス、中小水力とそれぞれ特性があり設備利用率も異なりますが、今後、地熱発電の導入をどれだけ進められるかに注目しています。地熱資源量世界第3位の日本には2300万キロワット超の発電ポテンシャルがあり、ベースロード電源にもなり得ます。初期コストは高く、開発のリードタイムが長いという課題はありますが、40年、50年先という長い目でみるとランニングコストは安くつきます。バイオマス発電も安定的に発電できますが、木質資源保護とのバランスを取りながら導入を図る必要があります。

 --再生可能エネルギーの導入を促進しようとすると、逆にベースロード電源である原発を活用していかなくてはならない側面もあります。いずれにしても将来を見据え冷静で的確な結論を導き出してほしいものです。本日はどうもありがとうございました。

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