【高論卓説】深刻化するスペースデブリ問題 秒速10キロで衛星破壊 解決へ研究本格化を

2016.9.7 06:31

 宇宙ごみ(スペースデブリ)は、地球衛星軌道を周回する不要な人工物体だ。宇宙開発の活発化に伴い増え続けており、約3000トンのスペースデブリが地球周回低軌道に存在するといわれている。その速度は弾丸よりも速い秒速10キロメートルに達するため、小さなスペースデブリであっても、人工衛星や宇宙ステーションに衝突すれば致命的な損傷を与える可能性がある。スペースデブリ同士の相互衝突により増加したスペースデブリが、他のスペースデブリや衛星に衝突することで、さらに増殖することが懸念されている。実際、2000年から14年の間にスペースデブリの数は2倍近くに増えているとの報告もある。

 スペースデブリの中でも特に0.3~10センチメートルサイズのスペースデブリは非常に多数(およそ70万個以上)存在し、小さいため検出が困難なことから、最も危険とされている。これらのセンチメートルサイズのスペースデブリを除去する方法はまだ確立しておらず、大きなスペースデブリの数を減らすことで、自然に小さなスペースデブリが減少するのを待つしかないとされていた。しかし、1センチメートル以下のスペースデブリの密度がある臨界的な値を超えると、相互衝突により勝手に数が増加することが知られており、その理論の提案者の名前を取ってケッスラー・シンドロームと呼んでいる。研究者の間では、既にそのような憂慮すべき状態に入ったのではないかとの心配が広がっている。

 最近、高輝度のレーザーをスペースデブリに照射するとプラズマが噴き出す現象を利用して、スペースデブリを脱軌道させて地球大気に再突入させる方法が提案され、有望な方法として検討が始まっている。スペースデブリ検出には口径2メートルほどの超広角望遠鏡を用い、軌道を粗く決めた後、その方向に探索レーザービームを照射し、軌道を正確に決定して、その方向に高輝度レーザーを照射する。レーザーによってスペースデブリ表面が高温化し、プラズマが噴出する。その反力でスペースデブリを減速させ、大気への再突入に導くというアイデアだ。

 この実現のためには、多くの技術開発が必要である。超広角望遠鏡は、宇宙からやって来る超高エネルギー粒子の検出用に開発された技術を用いる。高輝度レーザーは多数のファイバーで同時に発振させ、そのビームを結合して用いる。100キロメートル先の1センチメートルのスペースデブリに対して安定してレーザービームを照射し続けるには、レーザー発振器および射出望遠鏡に高度な制御が必要である。さらには、近づいてくるスペースデブリを検出し、軌道変更まで最大10秒で終わらせる必要がある。

 一方、不要物体といっても、それを打ち上げた国や組織が存在しており、その所有権は厳然と存在していることから、勝手に片づけることはできない。しかしながら、個々のスペースデブリがどの国に所属しており、所有者が誰かを特定することは、実際上不可能である。このことも、問題解決への動きの具体化を困難にしている。

 さらに、高輝度レーザーを宇宙で運用すること自体、宇宙の平和利用の観点から、宇宙機関の間で強い躊躇(ちゅうちょ)があることも事実だ。したがって、国際的な合意の上で、公平な国際機関の管理の下で推進することが必要となる。いずれにしろ時間がかかりそうだ。

 幾多の困難があるが、次世代に安全で平和な宇宙を残すためにわれわれの世代が立ち上がり、技術的な問題の解決へ向けて研究を本格化するとともに、具体的な対策のための国際的な議論を今始めなければならない。

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【プロフィル】戎崎俊一

 えびすざき・としかず 独立行政法人理化学研究所戎崎計算宇宙物理研究室主任研究員 東大院天文学専門課程修了、理学博士。東大教養学部助教授などを経て、1995年より現職。専門は天体物理学、計算科学。

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