イタリア人はなぜ遅刻するのか? 日常生活のなかで観察を促す幼児教育

 

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 かつて本に「イタリア人はなぜ遅刻するのか」というエッセーを書いたことがある。理由は2つ挙げた。

 まず約束の時刻とは、前後5-10分程度の許容をもって決めていることが多い。ちょうど時計の針を真正面から見るのではなく、斜め方向から眺めるような時間感覚である。

 もう1つは、約束の時刻に遅れそうであっても、アポイントの場所へ向かう途中、街中で何らかの発見をすればそれをよく観察しようとするからだ。通りの反対側のショーウインドーに目を引くものがあれば、道を渡ってしまうのである。軌跡はまっすぐではなくジグザグになる。

 遅刻するようなロジックが成立している。

 このエッセーをふと思い出したのは、東京・代官山で開催されたレッジョ・エミリア・アプローチのシンポジウムで質疑応答を聞いている時だった。

 レッジョ・エミリア・アプローチとは人口17万人のイタリアの都市で実施されている乳幼児教育である。およそ40年前にスタートしたこの教育は、地元だけではなく世界100か国以上に普及し、34か国にネットワークの拠点がある。

 日本でも注目されており、ぼくが出かけた教育関係者を対象とした回にも300近くの人が集まっていた。その会場から次のような質問がでた。

「この幼児教育がスタートしてそれなりの時間がたち、大人の年齢に達している。一方、イタリア経済が好調には見えない。一体、どういう大人になって欲しいと考えているのか?」

 同センターのマリーナ・カスタネッティ氏は、いくつかの質問にまとめてコメントしたが、以下が前述の質問への回答と考えてよいだろう。

 「レッジョ・エミリア・アプローチは方法ではない。私たちの土地の歴史とコンテクストに基づき、子供たちに多くの可能性を提供することでコミュニケーションの機会を増やすアプローチに過ぎない。あなたたちはあなたたちにあったやり方を考えておやりになればいい。 

私たちが理想とする大人像もない。あえて望みを言うなら、良き大人になれば、ということだけだ」

 カスタネッティ氏の「多くの可能性を提供する」とは、「日常生活のディテールにある意味をなるべく多く見つけ出すような子供に育てる」ことである。それによって子供が多様な人たちとの交流が図れるようになる。これ以上を大人が望むべきではないのだ。いわんや、経済の話はお門違いである。

 イタリアのライフスタイルは、日常生活のなかでの観察を促す知覚を重視する。遅刻をひきおこすジグザグ歩行にある背景だ。この文化をより先鋭化したアプローチが、レッジョ・エミリアの幼児教育だと解釈できる。

 ジグザグ歩行による意味の探索だ。イタリア語でこの行為あるいはプロセスを「ricerca」というが、日本語でよく「研究」と訳される。レッジョ・エミリア教育の説明でも頻出する。

 が、幼児が研究というのも似合わない。

 ぼく自身、色々なシーンでricercaの日本語の適語を考えてきたので、イベント終了後、通訳をされた渡邊耕司さんに、どういう言葉が適切か聞いてみた。

 「研究はアカデミックな感じがする。探求という言葉も使うが硬い。英語で対応するならば、リサーチではなくquestではないかと思っている」との返事があった。

 何かを探し歩く、というイメージをしやすい。そして日常生活という、型に嵌らない舞台で意味を探す姿を表現するに無理がない言葉だ。

 日本語の適語が見つかったわけではない。それでもこの言葉の説明は、イタリアの文化で大切にするプロセスをよく表し、レッジョ・エミリア市の幼児教育がどのような性格と位置づけなのかの理解の助けにはなる。

 最後に断っておくが、イタリア人の遅刻をぼくは全面的に肯定しているわけではないし、遅刻される身として嬉しいことなど一つもない。幸か不幸かイタリアでも遅刻に寛容な範囲は減りつつある。

 だからこそ逆に地域を問わずジグザグ歩行を推進する需要が増す、というものだ。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。