完全復興の女川魚市場 「サンマの町」にまだ来ぬ秋 宮城

被災地を歩く
5月に全ての施設が完成した女川魚市場。準備は万端なのに、肝心のサンマを積んだ船がなかなか訪れない=21日、女川町宮ケ崎

 JR石巻線の女川駅を降りる。眼前には復興商店街「シーパルピア女川」のテナントが立ち並び、石の回廊の向こう側には女川の海が見える。震災以前もその後も、宮城県女川市を支えてきた基幹産業は漁業だ。しかし、今年、その港になかなか秋が訪れない。全国的なサンマの不漁が女川にも等しく影響を与えている。魚市場が今年完全復活し、期待がかかる漁業再興。なかなか姿を見せないサンマを待ちわびる声が上がっている。

 同町は全国有数のサンマ水揚げ量を誇る「サンマの町」として知られる。全国さんま棒受網漁業協同組合の統計によると、平成28年の水揚げ量は1万3785トンで、北海道根室市の花咲、岩手県大船渡の両港に続く全国3位を記録した。

   ■    ■

 「女川町地方卸売市場」(女川魚市場)は震災で津波が直撃し、壊滅的な被害を受けた。町は復興の中核事業と位置付け、応急工事を急いだ。4カ月後には仮設で稼働を再開し、25年に新施設を着工。28年までに鉄骨4階建ての管理棟と2つの荷捌場を完成させ、今年4月には西棟荷捌場が完成。5月から本格操業を始めていた。

 さらに、隣接する買受人協同組合では今月、魚介類を保存するための氷製造工場ができあがった。市場の関係者らは「ようやくフル稼働がはじまってこれからというところ」と気勢を上げていた。

 ところが今シーズン、なかなかサンマが揚がってこない。市場に初めて姿を現したのは20日。石巻市船籍の「第1栄久丸」と青森県八戸市船籍の「第2源栄丸」から計85トンが次々と水揚げされ、ようやく女川に秋を運んだ。市場によると、昨年より15日遅く、記録が残っている平成21年以降最も遅かった。第1栄久丸の浅野新二漁労長も「なかなか取れなくて大変だった」と苦労を語った。

   ■    ■

 「もういっちょ!」

 それでも、入札で業者からかかる威勢のいい掛け声は、喜びで弾んでいたように聞こえた。女川魚市場買受人協同組合の高橋孝信理事長(72)も「待っていましたという気持ち。町は盛り上がっていくだろう」と期待する。一方で、「こんなに小さなサンマは初めてだ」と驚きを隠さなかった。ただ、サイズの代わりに味と形のいいものが多く揚がったという。「消費者に納得してもらえるかは不安だが、鮮度と味はとてもいい。ぜひ味わってほしい」と話す。

 不漁は毎年開かれている「おながわ秋刀魚収獲祭」にも暗い影を落とした。焼いたサンマや、すりみ汁を提供するこのイベントでは、すべて女川で水揚げされたサンマを振る舞ってきた。それだけに、女川祭の実行委員会の担当者は水揚げの先行きの不透明さから一時は中止も検討したという。

 だが、今回は20年目の節目。「これまでサンマの町としてやってこれたのは皆さんのおかげ。どんな手段でもやろう」と奮起し、市場関係者や委員らが話し合いを重ねた。国内の流通市場からサンマを確保、当初予定の24日開催に踏み切った。例年好評だったサンマ箱詰めの格安販売を中止するという苦しい選択を余儀なくされたが、昨年までの2倍、1万匹の炭火焼きサンマを無料で提供する。

 震災翌年にはがれきを引き受けた東京への“お礼”として、漁業関係者が日比谷公園(東京都千代田区)でサンマ1万匹、すりみ汁1万杯を提供したこともあった。町が誇るサンマは、秋の訪れとともに人々に笑顔をもたらしてきた。

 女川に届く“幸”を、誰もが待ち焦がれている。(千葉元、写真も)

Read more