精神科医・和田秀樹が読む『神童は大人になってどうなったのか』小林哲夫著 社会や権威へ適応するより創造的破壊を

書評
『神童は大人になってどうなったのか』小林哲夫著

 興味を惹(ひ)かれるタイトルである。自分自身が子供の頃、神童だと勘違いしていたことがある以上に、ゆとり教育反対論者として、初等教育でみっちり勉強させることの意義を問うものだったからだ。

 エリート議員や官僚など元神童の不祥事が重なり、勉強ばかりしていてもダメという声が市井に飛び交っている。本書には、親が蒸気機関車時代に世界一速い弾丸列車計画に参画し、子が新幹線の技術部門の最高責任者となった島家を含め代々の神童や、元神童からその後も大活躍をした人を何人も列挙している。

 いっぽうで、オウムに入信し犯罪に手を染めるなど、その後、うまくいかない神童の例も挙げられている。

 統計は出てこないが、おそらく確率論でいえば、神童だった人が社会貢献したり、少なくとも社会的な成功者になっている確率は高いだろう。その意味では初等中等教育でしっかり勉強する意味を否定するものではないし、むしろ肯定的に受け止められる。

 本書の中で気になった一節がある。元神童で優秀なキャリアや実績を積んできた安倍政権下での法制局長官や首相補佐官が過去の発言と矛盾することを言ったり、「法的安定性は関係ない」などという失言を繰り返す。これに対して著者は「頭のよさが吹っ飛んでしまう。『安倍教室』の優等生になるために、新しい頭のよさと入れ替わってしまうのだから」という解釈を加える。

 これは私も妥当なものと思う。著者の定義では、東大理IIIに受かることは神童のようだが、そこからノーベル賞が一人も出ていないことを指摘している。

 私が思うに、その答えは考える力を伸ばすというより、上に逆らうことを許さない権威性、そこまでいかなくても上に忖度(そんたく)した研究をしないといけない環境だろう。

 初等中等教育は世界のモデルになりながら、大学以降の教育がひどいから神童の能力が生かされない。神童がこれまでの社会や権威への適応性の高さより、その創造的破壊につながる世界になってほしいと考えさせられた。(太田出版・1500円+税)

 

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