3万冊処分…本の行方案じ、嘆く 紀田順一郎さん『蔵書一代』

聞きたい。
横浜生まれの作家、紀田順一郎氏は幼少の頃からよく利用した有隣堂で自著「蔵書一代」を手に取った有隣堂センター南店(横浜市都筑区

 海外ミステリーの翻訳や解説、近代史研究に荒俣宏氏との共編「世界幻想文学大系」、読書・古書(店)・メディア論など世に送り出した著書は100冊超。それら60年の執筆活動で必要となった資料のほか、「少年倶楽部」など幼少期から楽しんだ趣味の本もあわせ、蔵書はざっと3万冊にふくれあがった。一身上の都合で、手元に600冊だけ残し処分することに。“断捨離”で、すがすがしい日々到来のはずが…。

 「体調を崩し寝込んでしまった。手元に本がないのがこんなにつらいとは。夜パッと目がさめて、あの本はどこへ行ったんだ…と。医者に行ったら“鬱の一種だね”と言われましたよ」

 処分を断行したのが平成27年12月。表紙の擦れ具合などから、自身が売却したとわかる書籍をオンライン古書店で発見するが、高値が設定されており買い戻しをあきらめた経験も。

 「1年近く、胸のあたりがもやもやしてね。うらみつらみの私憤を、公憤に代えて書いた。答えは出ないんだろうけど、考えるきっかけにしてもらえれば」

 希代の愛書家が俎上に載せたのは貧困な蔵書環境。地価が高い都心部で、住居のほかに書庫を構えるのはほぼ不可能。かといって公立図書館などに引き取ってもらうのも難しい。一括で引き受けるには一定のスペースが必要で、閲覧(貸し出し)率が低そうな書籍はいい顔をされないからだ。

 ワープロソフトの辞書監修に長く携わった。いまも自身のブログで書評を発信するなど、年齢のわりに機器の扱いはお手のもので、電子書籍の利点も認める。それでも「集めた本は人生の経歴書。古本はかび臭いといわれるけど、その時代の空気が本の中に閉じ込められているんだよ」と実物としての書籍にこだわる。

 気になる古書は、パソコンで購入することもしばしば。「女房には“いい加減にしてください”って怒られているのにね」。蔵書は増える。(松籟社・1800円+税)(伊藤洋一)

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【プロフィル】紀田順一郎

 きだ・じゅんいちろう 昭和10年、神奈川県生まれ。慶応大卒業後、商社勤務をへて評論、作家活動に。「東京の下層社会」「幻想と怪奇の時代」など。

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