【新・仕事の周辺】神立尚紀(ノンフィクション作家、写真家) (1/3ページ)

2014.8.17 14:02

神立尚紀さん

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 浮かび上がった「特攻の真意」

 人間が操縦する飛行機が、搭載した爆弾もろとも敵艦に体当たりする「特攻」。この戦法が日本海軍で採用され、「神風特別攻撃隊」と命名されて出撃したのは、第二次大戦末期、米軍大部隊によるフィリピン・レイテ島上陸を迎えた昭和19年10月のこと。今年でちょうど70年になる。

 このとき、戦おうにも飛行機が圧倒的に足りない状況で、航空艦隊司令長官としてマニラに着任したのが大西瀧治郎(たきじろう)中将である。大西は、敵空母の飛行甲板を破壊、一時的に使用不能にすることを表向きの理由として、250キロ爆弾を搭載した零戦による体当たり攻撃の実施を決断する。10月25日、特攻隊は初めて突入に成功、たった数機で空母撃沈などの戦果を挙げた。そして特攻作戦は恒常化し、終戦の日まで続けられ、数千の若者の命が海と空に散った。

 大西はその後、軍令部次長に転じたが、昭和20年7月、連合国によるポツダム宣言が発せられたのちも最後まで講和に反対、徹底抗戦を叫び、「あと二千万人の特攻隊を出せば必ず勝てる」と、非情極まりない主張をしたと伝えられている。そして昭和天皇がポツダム宣言受諾の聖断をくだし、国民に終戦を告げる玉音放送が流れた翌8月16日未明、大西は渋谷南平台の官舎で自刃した。特攻で死なせた部下たちを思い、なるべく苦しんで死ぬようにと、介錯(かいしゃく)を断っての最期だった。遺書には、抗戦論者とは思えない冷静な筆致で、軽挙をいましめ、若い世代に後事を託し、世界平和を願う言葉が書かれていた。大西の表面的な言動と遺書の間には、けっして小さくないギャップが見てとれる。

現象面を見るだけでは絶対に出てこない大西の「真意」が浮かび上がってきた

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