陸軍は死傷者に戦病者を加えて約1万8千人の損害と発表した。一方、ソ連側の損害は東京裁判で9千人以上と発表され、この数字が以後長く定着し日本軍惨敗が定説となっていた。ところが1991年のソ連崩壊前後から、ソ連軍の損害が増え始めた。公文書館の一次資料を入手したロシアの研究者によって、数字の修正がおこなわれたのである。2002年に発表された研究では、ソ連軍だけで2万5655人(うち死亡は9703人)となっている。人的損害はソ連が日本を上回っており、ノモンハンは引き分けないしは日本軍勝利という考えが出てくるのも自然の流れである。本書はこの研究進展を踏まえ、戦争目的の達成という面から掘り下げていく。
戦訓として目立つのは、日本側の情報軽視である。関東軍は「主観的作戦」という持病に罹(かか)っていたとの指摘があるが、これは太平洋戦争にも持ち越された宿痾(しゅくあ)である。日本は海に囲まれているために国境という意識が乏しいが、現在問題の海域や空域も一種の国境であり、そこにも紛争の可能性は存在する。形を変えたノモンハンが再来しないともかぎらないのである。(PHP研究所・2800円+税)
評・吉田一彦(神戸大名誉教授)