「モデル」が見えない不安に束縛されない 世界の経営史から考える  (2/3ページ)

 20世紀初め、英国が米国式に追従しなかった理由は、産業分野の選択から家族経営への拘りまで色々とあった。が、なによりもまず、ある程度上手くいっている時、多勢に従わない矜持が良くも悪くも英国にあった。

 他方、イタリアの戦後、特に1970-80年代の経営史を読んでいると、産業集積地を中心とした中小企業の活躍が記されている。

 経営者達は次のように語っていた。

「米国のMBA(経営学修士)的な論理には無理がある。我々のような中小企業は別の道を行くのだ」と米国式経営と距離をもった態度を示していた。論理の通らないことや曖昧であることをそのまま受け入れる大切さを強調している。1つの裏づけとして、イタリアのデザインマネジメントの強さを述べる。

 1990年にイタリアに来たぼくも、その頃のビジネスの空気がよく想像できる。30年近くたった今、「あれがイタリアらしさの最後の抵抗だったのかもしれない」とも思う。

 さて、米国が英国に先行して優に半世紀以上がたった1990年以降、「グローバリゼーション」という現象が過去に類をみない規模で広がり、米国(を本社とした)大企業の経営の考え方がより「学ぶべき」ものと見なされる。

 それが今世紀に入ったこの10年数年近くの間、「混沌や曖昧なものをイノベーションにいかに活かすか?」と議論される。「定量」と「合理性」だけでなく、「定性」と「非合理性」を同様に重視し、「デザインが経営に必要な素養である」と語られるのも、その流れのなかにある。

 だが、この30年以上、「Made in Italy」というブランドがほぼ上昇気流にのっているにも関わらず、1980年代までのイタリアデザイン黄金時代のマネジメントが、この文脈で再評価の対象になっているか?と問えば、否である。

20世紀初めの米国の強さの背景を考える