「動画依存症」にご注意を 自分の頭と言葉を使ってこそ増す説得力 (2/3ページ)

 およそ決まり文句が並び勢いのある曲が流れる。内容が微妙に違うこの類のビデオを同じ会社で複数回見る羽目になった。複数の会社で経験した。

 これはどうもおかしい、とぼくは考え始めた。

 動画は短い時間でインパクトを与える仕掛けがされている。それもメッセージを伝える映像の専門家が作ったものが多い。だから人はどうしても、その能力に頼ってしまう。

 「自分の言葉で説明するより、ずっとマシなはずだ」と考えている節がある。

 結果として自分の言葉に自信を失いつつあるのではないか、とぼくは勘ぐった。ただでさえパワーポイントで自己表現力が低下しているところに輪をかけて足を引っ張っている。

 インパクトのある手段を選択しようとすればするほど自分の表現力が低下していき、動画が「浮いた存在」になってしまう。そして動画との距離を補えない。

 便利なものが普及すると従来からの手法を扱えなくなるのは、既に現代人が石や木で火をおこせないことをはじめ、よくある現象である。ぼくが思ったのは、動画を紹介している本人がその罠に嵌っていることをまだ気がついてなさそうなのが問題ではないか、ということである。

 パワーポイントについては前述したように、自らの表現力を取り戻そうとの意識が一部の人たちの間では芽生えている。しかし、動画はまだではないか。

自分の言葉をもつ企業や人は圧倒的に強い