頭と胃が求めるものは通じ合う? 親しんでいるものが人生のコアに (1/3ページ)

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 頭が求めるものと胃が求めるものは一見違う。

 日本の人が欧州に旅行に来る際、ホストする側が毎日のメニューを全て和食にしていたら「私をバカにするのか!」と言いかねない。食への文化度が低い人間であると見なされたと思い込み、プライドが傷つく(ようだ)。

 しかしながら脂っこい食事が続くと、さっぱりした味や量が少なめのものを求めるようになる。だから和食も恋しくなる。

 ただ正確に言うならば、「日ごろ食べなれたもの」が欲しくなるのである。日々、B級の脂っこいものを食べているなら、B級の脂っこいものが食べたくなる。フランス料理の油っぽさにウンザリしていても、豚骨ラーメンであれば箸は活発に動く。

 一方、頭の中でカテゴリー化できているものは文化差を超えやすい。フライであれば、中身が肉であろうが野菜であろうが材料には寛容になる。先日、東京で数人のイタリア人と居酒屋で食事をした時、メニューにあるフライものを片端から頼んでみた。 

 ゴボウであろうとフライであればまったく怖気づくことなく食べる。いや、ゴボウがそのまま出ていても食べることは食べる。が、好奇心とつきあいながら新しいものを食べるエネルギーにも限度がある。「これは何? あれは何?」といちいち聞きながら確認するプロセスに疲れる。そして胃が閉じていく。

 というわけで頭と胃は通じている。プライドがそれを隠そうとする。

自分を知らないのは仕方ないことなのか