「小中学校の友人」なんてどうでもいい きれいごとで子どもを追い込むな (2/5ページ)

 確かに9年は長い。しかし、その後の人生を考えるとそれほど長くない。「長いけど、長くない」というヘンな言い回しになったが、ここで強調したいのは「長い人生のなかで、大して重要ではない小中学校の人間関係など、クソみたいなもの。そう思って、軽く扱っても何ら問題ない」という事実だ。それを、子どもたちにちゃんと教えてあげてもよいのではなかろうか。もちろん、学校で良好な人間関係を築いているのであれば、それはそれで素晴らしい。でも、学校内での人間関係が人生のすべてではないし、未来に絶望する必要もない、という点だけは子どもにきちんと伝えるべきである。

 「子どもは純粋」のウソ

 世間はとかく、子どもの世界を理想化したがる。「子どもは天使だ」「子どもの純粋な気持ちを大切にしたい」「子どもなりのバランス感覚を信じ、大人は余計な口出しをしないほうがよい」といった文脈で、きれいごとを語ろうとする。だが、何を美化しておるのだ。したり顔でそんなことを言う大人は、自分自身、そこまで立派な子どもだったのだろうか?

 参考までに、私の幼少時代、自分や周囲の子どもたちがやっていたことを思い出してみよう。

 ・スーパーで集団万引き

 ・街中の自販機の下をのぞき込み、小銭を集める

 ・飲食店の裏に置いてあるファンタやコカ・コーラ、スプライトの瓶を盗み、酒屋に持って行って換金する

 ・プールや市民体育館のコイン返却式ロッカーをめぐり、残されたコインを盗む

 ・小6の時、裏ビデオを共働き家庭の家に持っていき皆で鑑賞

 ・父親のウイスキーを皆で回し飲みする

 ・エロ本が大量に落ちているという場所へ、皆で遠征隊を組んで取りに行く

 ・その現場に別の小学校の連中がいたらケンカになる

 ・差別的な内容のテレビ番組を観て大笑いし、該当するような生徒を翌日皆で笑う

 ・人種差別、障害者差別、貧乏差別を平然とする者もいる

 所詮はこんなものだ。いずれも未熟さゆえの行動ではあるが、これらの行為はどう考えても「天使」ではない。まあ、「カネが欲しい」「誰かをバカにしたい」「エロいことを知りたい」という気持ちと行動が一致しているところだけは「純粋」かもしれないが。

業界関係者の飲み会で初めて会った人のほうがはるかに楽しい