「小中学校の友人」なんてどうでもいい きれいごとで子どもを追い込むな (3/5ページ)

 大事なのは、いま一緒に仕事をしている人々

 ここで私の身の上を振り返ってみるが、小学校は4年生まで川崎市立鷺沼小学校へ行き、5年生からは立川市立第八小学校に通った。中学校は同じエリアの立川第六中学校である。鷺沼小学校時代の知り合いには、今年、タイのバンコクでひとり会った。いわゆる幼なじみで、親同士の仲がよかった女の子だ。彼女は現在バンコク在住で、私もたまたま年末年始をバンコクで過ごすことになっていた。だから、直前にFacebookで連絡を取り合い、22年ぶりに再会したのである。その前に彼女に会ったのは35年も前だ。いまもつながりがある鷺沼小学校の知り合いは、他に誰もいない。というか、もはや名前さえひとりも思い出せないほどだ。

 立川の小中学校出身者でいまでも接点があるのは、同じ大学・会社にいった男性ひとり、そして毎年結婚記念日にお祝いメールを送る女性ひとり。定期的にやり取りがあるのは、この2人だけである。それともうひとり、先日私がLINEアカウントを乗っ取られた(なりすまし詐欺に利用された)とき、「おい、お前、オレに変なメッセージよこすなよ! いやぁ、久しぶりだなぁ」と電話をかけてきてくれた男性がいる。

 幸いなことに、私は子どものころ、立川の学友たちとよい関係を築けていたと思う。とはいえ、いま、彼らのことが大事か? と問われると、正直なところまったく大事ではない。むしろ大事なのは、現在仕事をしている取引先の皆さまがたである。一緒に仕事をしている期間が3カ月の人のほうが、小中学校時代の友人より大事なのだ。なにより「共通言語」が多い。率直なところ、業界関係者が集まる飲み会で初めて会った人のほうがはるかに話していて楽しいし、有益な情報を得ることもできる。

 交友関係は折々で変化していくもの

 35歳を過ぎた人であれば分かるかと思うが、非常に貴重なもの、特別なものだと感じていた高校・大学時代の友人であっても、30歳を超えてしまえばそれほど大事な存在ではなくなっていることが多い。どう考えても自分の配偶者、子ども、会社の上司、同僚、取引先のクソオヤジとの人間関係のほうが、いまの自分の生活と密接に関係しているし、重視せざるを得ないのである。なかには親が要介護になり、面倒をみることに多大な時間と労力を割かなければならない人もいるだろう。

 正直、社会人にとって「友人」に割く時間はかなり限られてしまうのだ。それはあなただけでなく、あなたの友人にとってもそうなのである。学生時代の友人となかなか会わなくなり、さらにはメールの返事も返ってこなくなった……。一瞬、寂寥感を覚えるかもしれないが、それは友人もあなたも成長した、ということを意味している。それもまたよし。人間関係というものはその時々で変わっていくものであり、一回「貴重なもの」認定したからといって、それを一生引きずる必要はない。

ドライな人間関係を子どもにも習得させよ