勉強している姿を他人に見せてはいけない ベストセラー作家に学ぶ「50代の心がけ」3カ条 (1/4ページ)

加藤 廣●1930年生まれ。中小企業金融公庫、山一証券勤務を経て、経営コンサルタントとして活躍。75歳のときに『信長の棺』で作家デビュー。近著に『水軍遙かなり(上・下)』(文春文庫)など
加藤 廣●1930年生まれ。中小企業金融公庫、山一証券勤務を経て、経営コンサルタントとして活躍。75歳のときに『信長の棺』で作家デビュー。近著に『水軍遙かなり(上・下)』(文春文庫)など【拡大】

 「いじめ」は人間の本能だ。だから作家の加藤廣さんは「嫉妬されないように、勉強している姿を他人に見せてはいけない」と言う。60歳から小説執筆をはじめ、75歳のときに『信長の棺』で作家デビュー。以来、ベストセラーを出し続けている加藤さんが、50代の読者に向けてアドバイスする--。

 50歳までに組織から逃げることを決意

 いまの50代は、昔と状況が異なります。私が中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)に入庫したのは1954年。そのころは定年が55歳で、60代で亡くなる人が少なくありませんでした。

 しかし、いまは寿命がずいぶんと延びて、定年は65歳になりました。いまの50代は、長い人生をどのように生きるのかということと、否が応でも向き合わなくてはいけない年代といえます。

 幸い、私は早い段階から組織に頼らずに自分で稼ぐことを考えていました。とくに独立心が強かったわけではなく、もし三井や三菱、住友に就職していたら、そこで頭角を現すことを志していたでしょう。でも、いまでこそ大組織の中小企業金融公庫は、私が入った当時は約40人。将来は東大の同級生たちが役所から天下って理事になりますが、こちらは出世してもせいぜい次長クラスです。それは御免こうむりたいので、自然に「50歳までに組織から逃げよう」と考えるようになりました。

 なぜ先がないと気づいた段階で逃げなかったのか。それは、まだポータブルスキルが身についていなかったからです。

外で通用するレベルになるには、ある程度の経験が必要