「モノが分かる人」のための拘りとは 自然素材を取り込むロレンツィ・ミラノ (1/3ページ)

マウロ・ロレンツィさん(中央)。家族と
マウロ・ロレンツィさん(中央)。家族と【拡大】

  • トリフセット
  • 家禽ばさみ

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 「自然素材ばかりになるとエスニックな印象を与え、飽きられるのが早い。自然素材とメタルなど異なった素材を合わせることで、自然素材特有の重みを減らす。このバランスに気を使う」

 こう語るのはマウロ・ロレンツィだ。ロレンツィ・ミラノという名前でナイフ、ワインオープナ-、トリフのスライサー、剃刀などを作り、世界の「分かる人には分かる人」に売る。

 1929年、祖父が(現在のようなファッションブランド通りではない)高級住宅街であったモンテナポレオーネ通りでカルトリー販売や刃物を磨く店をスタートさせ、その後、膨大な種類の刃物を揃える場となった。

 世界の著名人や政財界のVIPが訪れる、独特の風格をもつ店になっただけでなく、近くには刃物専門の博物館も設け、そこには紀元前のエトゥルスク時代から現代に至る4000点にも及ぶ刃物のコレクションがあった。店員は全て30歳代以上の「良いモノが分かる」男性がスーツ姿で対応する店だ。

 しかし今世紀に入り、創業者の息子たち、即ち三代目になるマウロ・ロレンツィの父親と叔父が年齢と共に商売の継続に関心が薄れてきた。一方、モンテナポレオーネ通りはファッション界のメガブランドのショールームとなり不動産価値は高騰した。ファミリービジネスの刃物セレクトショップが孤高の立場を維持するのも難しい。

 こういう状況で50代半ばにあったマウロ・ロレンツィは独立をする。19歳から丁稚奉公のように家業に携わった彼はモノに最大限に拘り、売るよりも作る方に第二の人生を賭けようと決意したのだ。

 マウロが家業を離れしばらくして、モンテナポレオーネ通りの店は畳んだ。

刃物は表舞台には立たない