脱サラでビストロ成功、東大卒53歳の戦略 4年連続ミシュランも安泰じゃない (5/7ページ)

 事実、楽しいんですよ。上司がいなくなることの解放感ってすごいことでしょ。サラリーマンのストレスって、上司が半分以上じゃないですか。そのかわり、プレッシャーは100倍です。ずっと仕事のことを考えています。サラリーマン時代は会社を出た瞬間、仕事のことは忘れていました。猛烈なワーカホリックでしたが、切り替えはできていましたし、仕事のことで寝られないことはほとんどなかった。

 経営者になってからは、ときどき眠れないことがあります。売り上げが上がらないからではなく、スタッフの問題です。お客さまを失ったときは、まだあきらめがつくんです。こっちが悪かったのだからしかたない、同じ失敗は二度とないようにしよう、そしてまた新しい常連さまをつくるぞ、と。でも、スタッフの場合は割り切れない。人の問題では、この間つらい思いをしました。

 開業を決めたとき、僕が常連として通っている店のシェフやオーナーさんから、「君はお客でいたほうがいい」と止められたんです。「飲食の世界は、両角さんが会ったことない人の巣窟だから、難しいよ」とまでおっしゃる。実際、現場に立ってみて、忠告の意味がよくわかりました。

 スタッフの入れ替え時期に、ふだん任せていた掃除をしていると、いろんなところから"負の遺産"が出てくる。割れた食器が奥にしまわれている、とかね。「ごめんなさい」や「ありがとう」が言えない人というのは、僕の生きてきた世界にはいなかった。

 2号店を出せない、本当の理由

 スタッフとは、話が通じないことが本当に多かったんです。僕が考えていることが、ことごとく伝わらない。いや、表向きはかみ合っているのだけど、真実とか背景は伝わっていない。そもそもお互いの持っている基準値や価値観が違うからです。僕は、要求水準が高く、進歩を求めてしまう。そうすると、彼らもつらくなるんですよ。

 入社3年後にフランス研修、独立支援、レストラン視察なんていうインセンティブも考えていました。でも、彼らにするとフランスに行くなんて面倒なだけ。それが何に対する報酬なのか、そこで何を得て欲しいのかも本当のところは理解はしてくれない。

 行きついた答えは、学生のバイトさんでした。それもお客さまのご子息たち。優秀な学生は、1を言えば10わかってくれる。彼らは、家庭教師をやれば時給3000円、4000円をもらえる。でも、時給1000円で皿洗いをする。それは、ここで学べるものがある、この世界を楽しみたいと思っているからなんです。

これは僕の最大の失敗でした