「闘将」星野仙一になりたい上司よ ただの勘違い野郎になっていないか (1/4ページ)

【常見陽平のビバ!中年】

 闘将、逝く。1月4日、星野仙一が亡くなった。中日、阪神、楽天で監督を歴任し、3球団ともリーグ優勝に導いた。数々の逸話、武勇伝がある野球界のレジェンドである。生前のご活躍に敬意を表しつつ、ご冥福をお祈りしたい。

阪神-広島 9回裏、1死満塁 右越えにサヨナラ打を放った赤星憲広を抱きしめる阪神・星野仙一監督=2003年09月15日、甲子園球場(撮影・安部光翁)

阪神-広島 9回裏、1死満塁 右越えにサヨナラ打を放った赤星憲広を抱きしめる阪神・星野仙一監督=2003年09月15日、甲子園球場(撮影・安部光翁)

 思えば、「闘将」という言葉は、星野仙一のためにあるような言葉である。かつては『闘将ダイモス』という今や忘れ去られたアニメがあったし、『闘将!!拉麺男(たたかえ!!ラーメンマン)』という『キン肉マン』のスピンオフ作品もあった。しかし、この世で「闘将」という言葉がこれほどふさわしい人間は、星野仙一をおいて他にいない。

◆みんなに愛された星野仙一

 会社員時代、名古屋に転勤したことがあった。2002年から2004年にかけてである。千種区の今池に住んでいたのだが、近所には中日ファンが集まる店として有名な中華料理店「ピカイチ」があり、よく通った。当時、星野仙一は阪神の監督で、4年連続最下位だったチームを立て直し、見事リーグ優勝を果たした頃だった。ライバル球団であるにも関わらず、名古屋人は星野の活躍を喜んでいた。そう、私が会った名古屋人はたいてい、星野仙一を愛していた。

日本シリーズ第5戦阪神-ダイエーで勝利しファンに応える阪神・星野仙一監督(2003年10月24日)

日本シリーズ第5戦阪神-ダイエーで勝利しファンに応える阪神・星野仙一監督(2003年10月24日)

 厳しさの中に愛情を感じさせる指導スタイルから、星野仙一は「理想の上司」としてあげられることも多々あった。産業能率大学が毎年発表している「理想の男性上司」ランキングでは、星野仙一はこの20年間で9回もベストテンに選出されている。

「理想の上司」ランキングの問題