全て手作業で作る、幻のピーナッツバター [杉山ナッツ製造工場/静岡県浜松市]

入荷後すぐに売り切れてしまうという『杉山ナッツ』。

入荷後すぐに売り切れてしまうという『杉山ナッツ』。

浜松から生まれる、ピーナッツバターのストーリー。

【ONESTORY】世間では、「ピーナッツバター=アメリカの食べ物」というイメージがあります。しかし日本に、ピーナッツバターを専門に作っている工房があることをご存知ですか? しかも使うのは「幻の落花生」といわれる静岡産の『遠州小落花』。今回は、落花生の栽培から商品化まで全てひとりで行う、ひたむきなピーナッツバターの作り手の物語をお届けします。

アメリカではどこの食卓にもあるというピーナッツバター。(イメージ)。

アメリカではどこの食卓にもあるというピーナッツバター。(イメージ)。

元公認会計士という異色の経歴。

『杉山ナッツ製造工場』があるのは静岡県浜松市。JR東海道線の「舞阪」駅に近く、新幹線から浜名湖に浮かぶ弁天島の鳥居が見えるあたりです。ここで杉山孝尚氏は落花生を育てるところから、加工、商品化まで全て自分の手で行い、ピーナッツバターだけを作り続けています。

ユニークなのは杉山氏の経歴。父親の転勤で日本各地を転々とし、中学から浜松(舞阪)に在住。地元の高校を卒業後、ダンサーになりたいという夢を追いかけニューヨークへ。それだけでは生計を立てられないため、レコード店でアルバイトを始めたところ、ひょんなことから本社の著作権担当の部署で勤務することに。そこでの事務作業の中で「間違わずに計算したら『ハカセ』って褒められて」、もっと知識を身につけようと大学で本格的に学び、なんと公認会計士の資格を取得。その後は大手監査法人で会計士として働いていました。

「仕事は好きだったし、何ひとつ不自由もなかった」と杉山氏。しかし、ワーキングビザの更新のタイミングで、「ウォール・ストリート・ジャーナル」の記事がたまたま目に入りました。それはピーナッツバターに関する記事で、「1904年のセントルイス万博で、遠州の落花生が世界一に輝いた」ということが書かれていました。普段の生活で「JAPAN」の文字すらあまり目にする機会がない中、静岡の、それも地元「ENSHU」が新聞記事に取り上げられていたのです。「その時、故郷に対する気持ちがブワッと溢れ出してきたんです」と杉山氏は当時を振り返って話します。

並々ならぬ苦労も、挫折した経験も、屈託のない笑顔で語る杉山氏。

並々ならぬ苦労も、挫折した経験も、屈託のない笑顔で語る杉山氏。

それは全ての人に「平等」な食べ物だった。

しかもピーナッツバターは杉山氏にとって特別な食べ物。アメリカに来たばかりの頃、どのスーパーマーケットにも落花生のグラインダーがあり、挽きたての美味しいピーナッツバターが買えることに「アメリカンカルチャーらしさを感じた」と杉山氏は言います。そして経済格差が激しいアメリカにおいて、裕福な家庭にも貧しい家庭にも、ピーナッツバターは食の風景に溶け込んでいました。まるで日本の「MISO」のように。そんなピーナッツバターを支える落花生が、故郷で作られ、それが昔、世界一に輝いた――。「世界一の落花生で、アメリカに負けないピーナッツバターを作ってみたい」。杉山氏のその思いが、『杉山ナッツ』の出発点でした。

2013年、杉山氏は日本に帰国。遠州小落花が地元で作られていたとはいえ、現在は栽培されていない幻の品種でした。農業経験もない若者が、その品種を探し、再び育て、加工可能な量を生産するなどまさに無謀でした。それでも「調べることが好き」という根っからの勉強家である杉山氏は、来る日も来る日も図書館を巡って文献にあたり、得た手がかりが「遠州小落花を作っていた組合が存在した」ということ。その組合員の家を1軒1軒訪ね歩き、ついに、当時の畑をそのまま残している農家に出会いました。その畑に足を運んだ杉山氏が目にしたのは、自生している遠州小落花の姿でした。ようやく出会えた幻の落花生を手にした時、胸を満たしたのは、嬉しさや感動よりも「責任感」だったと言います。「世界一にまでなった遠州小落花を、自分がまた蘇らせることができるんだろうか」。そんな思いを胸に、素人農家の果てなき挑戦はスタートしました。

遠州小落花は「遠州半立ち」とも呼ばれる。半立ちとは高級品種の落花生のこと。

遠州小落花は「遠州半立ち」とも呼ばれる。半立ちとは高級品種の落花生のこと。

自分でやるしかない。ないなら作るしかない。

まずは荒れた耕作放棄地を約100坪借りて、農家から分けてもらった2kgの種をもとに栽培をスタート。落花生は春に種を蒔き、秋に収穫します。一般的にはビニールシートをかけて土の温度を上げ、早く肥大させて収穫しますが、「早くても、遅くても駄目」と杉山氏。遠州小落花は、11月の「遠州のからっ風」が吹く前のタイミングで収穫しなくてはなりません。その理由は、からっ風で天日干しすることで、甘みが凝縮し、味が濃くなるからです。また化学肥料は使わず地元の海で採れる海藻、貝殻を肥料にするため、虫も出ず、農薬も必要ありません。この理にかなった栽培方法は、遠州小落花が賞を取った時の文献に記され、漢文で書かれた内容を読み解いたと杉山氏は話します。

3年かけて、ようやく加工できるぐらいの量を収穫できましたが、問題はピーナッツバターにする技術です。ピーナッツバターの味は、「落花生の煎り方」「渋皮を取るか取らないか」「グラインダーの歯の回転数」など様々な要因に左右されます。杉山氏は栽培の傍ら、焙煎機やグラインダーについて研究し、果ては遠州小落花に合った機械を特注し、自分で改造したり、自作したりするまでに。こうした気の遠くなるような研究や試行錯誤を経て、ようやく「落花生」が「バター」になる時を迎えます。

地元の肥料と気候が作る落花生。全てメイド・イン・遠州だ。

地元の肥料と気候が作る落花生。全てメイド・イン・遠州だ。

人の手でしかできない、何十ものプロセスを経て。

ひと口に「焙煎して挽く」と言っても、そのプロセス全てに然るべきやり方があります。酸化による味の劣化を防ぐため、落花生の殻は注文が入ってから剥きます。また、落花生は「一番花」「二番花」「三番花」の順に大きさが違い、それぞれ煎り方も渋皮の取り方も変わるのだそうです。3種をブレンドさせて味のバランスを取り、一気に全量をペーストするのではなく、1瓶ずつ挽いてから詰めます。1瓶あたり100粒の落花生を使いますが、挽く時は粒を残し、新鮮なナッツのカリカリ感が楽しめるようにペーストします。

種類は、ピーナッツだけの甘みを味わえる無糖の「プレーン」と、浜松にある『内山養蜂所』のオーガニック蜂蜜を加えた「ハニー」の2種。1日100瓶作るのが限界ですが、料理人からの引き合いも多く、中華料理やフレンチ、鮨店などの料理店への卸しもしています。その店の料理に合わせて煎り方や配合なども変えているという徹底ぶりで、例えば鮨店では「京野菜の巻き寿司」の野菜の味を引き立てるために、浅煎りに仕上げるそうです。『杉山ナッツ』は主役となる素材の魅力を引き出す名脇役にもなるのです。

落花生は小粒ほど味が濃い。遠州小落花は甘みも旨味も強い。

落花生は小粒ほど味が濃い。遠州小落花は甘みも旨味も強い。

ピーナッツバター作りは、地域への還元でもある。

地元の酪農家とコラボレーションしてホワイトチョコレート入りの限定品を出したり、ピーナッツバターと農家が作ったジャムとを組み合わせたサンドウィッチ作りのワークショップを行ったりと、地元のアピールも兼ねた商品作りにも積極的です。「農業はものづくりであり、社会との共同体。誰かが買ってくれるから作れるし、作るためにお互い助け合い、支え合う。自分のものづくりで町を良くしていくことができればいいなと思います」と杉山氏は話します。杉山氏にとってピーナッツバター作りは、自分を支えてくれる人たちへの恩返しでもあるのです。

『杉山ナッツ』、今年の販売はまだまだ先の冬ですが、今は、種蒔きを終えた遠州小落花が芽を出すのを想像しながら美味しいピーナッツバターの完成を待ちましょう。

「これから『杉山ナッツ』が出て来るね、と冬の楽しみにしてもらえれば」と杉山氏。

「これから『杉山ナッツ』が出て来るね、と冬の楽しみにしてもらえれば」と杉山氏。

Data

住所:静岡県浜松市西区雄踏町宇布見4863−40 MAP

電話:090-9802-4747

料金:プレーン100g 1,350円 ハニー100g 1,530円

※工場での販売は行っていません。販売店はホームページを参照してください。

http://www.sugiyamanuts.com/

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