飛騨でこそ、つくれる、伝えられるものがある。裏にあるのは限りない飛騨愛 [岐阜県飛騨] (1/2ページ)

日本三名泉のひとつ下呂温泉がある下呂市で、飛騨牛の繁殖と循環型農業を行う『熊崎牧場』の熊崎光夫氏。飛騨だからできる、伝えられるものがあると、新しいことにもどんどん挑戦している。

日本三名泉のひとつ下呂温泉がある下呂市で、飛騨牛の繁殖と循環型農業を行う『熊崎牧場』の熊崎光夫氏。飛騨だからできる、伝えられるものがあると、新しいことにもどんどん挑戦している。

【ONESTORY】インターネットが普及し、あらゆる情報やモノが簡単に手に入るようになった現代。どういった基準でモノやコトを選択すればよいのでしょうか。こんな時代だからこそ、確かなつくり手と伝え手に出会うことは、とても贅沢なことなのかもしれません。

地産地消にこだわるスイス人と日本人の夫婦、次世代につなげる農業を目指す牛飼い、民芸運動から暮らしの在り方や生き方のヒントを得た民芸品店の店主。飛騨という土地を選び、それぞれの観点や視点でこの土地でしかつくることのできないモノや思いを伝える3人に出会いました。

3者に共通するのは、自分たちがまずは楽しむことと、限りない地元愛。彼らの自分たちらしい仕事や暮らしが、飛騨をより魅力的なものにしています。

ミューズリーの専門店を営みながら、農業にも勤しむスタインマン氏。畑でつくられた野菜は店で使う。故郷スイスを離れ、高山で暮らすスタインマン氏にとって店も畑もどちらもなくてはならないものである。(写真提供:トミィミューズリー)

ミューズリーの専門店を営みながら、農業にも勤しむスタインマン氏。畑でつくられた野菜は店で使う。故郷スイスを離れ、高山で暮らすスタインマン氏にとって店も畑もどちらもなくてはならないものである。(写真提供:トミィミューズリー)

偶然の出会いから導かれた飛騨が、定住の地になる。

飛騨高山にある商店街で、ミューズリーの専門店『トミィミューズリー』を営むスタインマン氏と尾橋美穂氏。ミューズリーはシリアルの一種。スタインマン氏のミューズリーはオーツ麦(オートミール)のみに、ドライフルーツやナッツなどを混ぜ合わせたものです。元々はスイス人の医師が考案した健康食品のひとつとして知られ、スイスでは朝ごはんの定番だそうです。

スイス人であるスタインマン氏が高山にやってきたのは約30年前。世界を旅している中で、のちに奥様となる美穂氏とオーストラリアで出会います。ふたりはたまたま知り合った日本人から奥飛騨にある宿を仕事先として紹介してもらい、迷うことなく飛騨へ。

「飛騨は自然があり、小さな町があり、四季があるところがスイスに似ている。実は軽い気持ちで来たけど、他に行こうという気持ちには一度もならなかった」とスタインマン氏。オーストラリアという自然豊かな地で出会ったふたりは、いつしか自然に寄り添う暮らしをしたいと夢見ていたのかもしれません。偶然の出会いから導かれた飛騨でしたが、この地に足を運び、定住するのは必然だったのかもしれません。

今でこそ外国人の姿をよく見かける高山だが、「30年前はとてもめずらしかった」とスタインマン氏は話す。奥飛騨では、初めて外国人を見る宿のおばあさんに、手を合わせられたこともあったのだとか。

今でこそ外国人の姿をよく見かける高山だが、「30年前はとてもめずらしかった」とスタインマン氏は話す。奥飛騨では、初めて外国人を見る宿のおばあさんに、手を合わせられたこともあったのだとか。

ミューズリーのもっともポピュラーな食べ方はヨーグルトや豆乳などをかけて食べる。「今後は、お湯を注いで食べるスープ仕立てのミューズリーもつくりたい」とスタインマン氏。

ミューズリーのもっともポピュラーな食べ方はヨーグルトや豆乳などをかけて食べる。「今後は、お湯を注いで食べるスープ仕立てのミューズリーもつくりたい」とスタインマン氏。

最近ではシリアルといえばグラノーラをよく見かけるが、油脂やはちみつ、糖類などを添加して焼き上げるグラノーラと違い、ミューズリーはそれ自体に味をつけないことが多いためヘルシー食だといわれている。

最近ではシリアルといえばグラノーラをよく見かけるが、油脂やはちみつ、糖類などを添加して焼き上げるグラノーラと違い、ミューズリーはそれ自体に味をつけないことが多いためヘルシー食だといわれている。

飛騨に恩返しがしたい。その思いが新しいことへの活力に。

奥飛騨で1年ほど働いたのち高山に移ったスタインマン氏たちは、スイス料理の店を始めます。店は一度移転をしたものの26年続き、モーニングで提供していたミューズリーはとても人気だったそう。その後タイミングや縁が重なり、2017年、現在の場所にミューズリーの専門店をオープンしました。

ここ数年、ふたりは新しい試みを開始しています。ミューズリーの主材料であるオーツ麦の栽培を始めたのです。飛騨は冷涼でオーツ麦の栽培に適していることもありますが、りんごや糀など良い素材が多いので、自分たちで育てたオーツ麦と飛騨の材料を使って商品がつくれないかと思ったのです。さらに、「飛騨に恩返しがしたい」とふたりは話します。観光客は増えても、高山に住む人は減る一方。オーツ麦の栽培が広がり、それが高山の産業のひとつになればよいと思っているのです。

とはいっても、商品化は簡単ではありません。「栽培自体は難しいことではないのですが、脱穀や籾殻を外す方法が分からない。今はまだ手探りです」と美穂氏。言葉で表現するよりも、それはきっと大変なことに違いありません。でも、今まで過ごした30年間のように、自分たちらしいやり方を模索する姿は困難ではなく、どこか楽しげなのです。

店がある商店街は、今はシャッター通り化しているが気に留めていないそう。商品や店を気に入ってくれれば、立地に関係なく足を運んでくれると思っているから。

店がある商店街は、今はシャッター通り化しているが気に留めていないそう。商品や店を気に入ってくれれば、立地に関係なく足を運んでくれると思っているから。

持ち帰り用のミューズリーはお客のリクエストからつくられたもの。りんごや糀甘酒、えごまなど飛騨の食材を使用したオリジナルのミューズリーも人気。すべて、添加物、保存料を使わずにつくられる。

持ち帰り用のミューズリーはお客のリクエストからつくられたもの。りんごや糀甘酒、えごまなど飛騨の食材を使用したオリジナルのミューズリーも人気。すべて、添加物、保存料を使わずにつくられる。

しばらく空き店舗を借りた。2階は改装をせず和室のまま使用。「おもしろいと思ったことをやった方が人生楽しい」と話すスタインマン氏は、高山の人気者だ。

しばらく空き店舗を借りた。2階は改装をせず和室のまま使用。「おもしろいと思ったことをやった方が人生楽しい」と話すスタインマン氏は、高山の人気者だ。

化学肥料を使っていてはダメだ。循環型農業が地域の未来をつくる。

昔から農業や畜産業が盛んな地域でも、近年は高齢化が進み耕作放棄地が目立っているのは事実。今回訪ねた『熊崎牧場』がある下呂市萩原町も、例外ではありません。各地で次世代につなぐ農業の仕組みとして「集落営農組織」が立ち上がって久しいですが、「この地域でも去年から集落営農が立ち上がった」と、牧場主の熊崎光夫氏は話します。

熊崎氏が発起人として立ち上げた「南ひだ羽根ファーム」。何よりこだわったのが、化学肥料を一切使わずに有機で作物をつくること。化学肥料を使うと一旦は収穫量が上がりますが、使い続けると土の中の必要な微生物が死んでしまい、長期的にみれば有機栽培よりも収穫量が落ちるといわれています。ですが、従来の農法に慣れた組合員の多くは有機農業に反対だったそう。循環型農業をやっていた熊崎氏は懸念する組合員を根気強く説得し、100%有機の米づくりが始まりました。

循環型農業とは牛や鶏など家畜の糞尿から堆肥をつくり、その堆肥で野菜やお米を育て、米を収穫した後の藁や野菜のくずは家畜が食べて…と、それが繰り返される農業のことです。「昔の農業ではそれが当たり前だった。昔の米がおいしかったのは循環型農業でつくられていたからだと思っとる。あの味をもう一度復活させたい」と、熊崎氏は力強く言います。

牛も育てるし、米も日本酒もつくる