イタリア人男性の「ひと夏の経験」 気の迷いとの弁解は理由にならない (1/3ページ)

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 夏は「浮気の季節」だ。

 イタリア人の友人が浮気した。かなり古い話だが、今も夏になると思い出す。

 毎年、夏の2カ月ほど、海辺のアパートを借り、彼は家族と過ごしていた。ぼくたちが知り合った頃、彼の子供はまだ小さく、3~4歳の息子だった。

 夏の男の浮気の多くは、家族を海辺に残して都会で過ごす平日に起こりやすい。ちょっと人通りの少ない道路に駐車しているクルマの中は、主要な舞台である。

 しかし、彼の浮気は都会ではなく、家族もいる海辺でおこった。欧州のバカンスとは何か特別なことをするのではなく、日常生活そのものを純粋に楽しむためにある。彼のバカンスもそうだった。

 毎朝、ちょっと遅めの朝食をとり、10時ごろには砂浜の月ぎめで借りているチェアに出向く。そこでぼんやりと空と海を眺め、本を読み、子供と波打ち際で遊ぶ。

 昼食は家でとり、また午後、浜辺の定位置に戻る。そうした時間のなかで、彼は遊泳区域の境を示すブイがあるところまで、たまに1人で遠泳した。その間、奥さんが子供の面倒を浜辺でみている。夜になると岩場の先まで行き、葉巻を吸っていた。

 彼の行動パターンに詳しいのは、ぼくも何年か、夏の海を彼と一緒に楽しんだことがあるからだ。

 彼の浮気を知ったのは、秋になってからだった。ちょっと距離のあるところに出かける際、「俺もそっちに用事があるから、一緒に行く」と言われた。

驚かされた彼の「捨て台詞」