【乃村工藝社会長の足跡:後編】稼ぎ頭の司令官を“逆風下”へ投入した成果 (1/5ページ)

乃村工藝社の渡辺勝会長
乃村工藝社の渡辺勝会長【拡大】

 ※前編「酒も飲まず“夜の銀座”に半世紀通った理由」は9月22日に配信しています。

 黒板に絵を描いて、営業の心得を説く

 1994年1月下旬の経営会議のときだ。社長が突然、「渡辺君、次は商環境事業部だ」と言った。驚いた。四十六歳。入社以来、というよりもアルバイトにきていたときから、電機や自動車などの新商品の発売から巨大なショーの展示まで、メーカーの販促活動をひと筋に手がけてきた。その司令塔のMC事業部長になっていた。

 商環境事業部は、百貨店や量販店、複合商業施設などの内装や販促品を受け持つ部隊で、メーカー担当の世界とはノウハウもコツも違う。だから、社内の異動はMCならMC、商環境なら商環境と、同じ部門内を縦に動くだけで、「別世界」へいく例はなかった。

 だが、商環境部門は、バブル崩壊の打撃を、強く受けていた。消費の低迷で百貨店は新規の出店をやめ、派手なイベントも消え、百貨店・量販店向けの売り上げは90年度の216億円から94年度には69億円と、3分の1に急減した。その再建に、稼ぎ頭で全社を支えていたMC事業部の司令官を、投入する。思い切った選択だ。

 ビジネスパーソンのかなりの人が、経験していることだろう。予想もしていなかった人事異動が、突然、やってくる。しかも、行き先がよく知らない分野だったり、逆風下で苦しんでいる部門だったりして、歩んでいくことになる道の先も、みえない。でも、指導者になる人は、そんな場合でも「嫌です」とは、決して言わない。

抜本的に変えたこと