【論風】就活ルール廃止を憂う 企業は学習機会に配慮を 國學院大學学長・赤井益久 (1/2ページ)

就職活動が解禁され、各企業のブースに集まる学生たち=3月
就職活動が解禁され、各企業のブースに集まる学生たち=3月【拡大】

 9月15日に斎行された京都・石清水八幡宮の勅祭「石清水祭」に初めて参列した。朝4時に起きて、かがり火のみの真っ暗な静寂な中、空が白み始める頃まで3~4時間に及ぶ祭りだ。伊勢神宮や出雲大社など数多くの神社の祭りに参列させていただいているが、勅祭に参列するのは希有なことであり感動した。人生100年時代といわれるが、1000年を超す歴史を体験できる貴重な機会となった。

 日本の歴史は神武天皇即位から2600有余年と西暦より長い。その歴史、伝統、そして日本社会のあり方を祭りに参加することで感じることができる。伝統に触れる機会、つまり経験することが重要になってくる。経験を通すと理解は早まる。腑に落ちるし、合点がいくからだ。

 親鳥をまねる

 大学の地元、東京・渋谷はベンチャー企業が集中している。中には幾度も失敗して倒産や破産の憂き目を見たが、それでも挑戦をやめずに成功した若い経営者も少なくない。苦い経験が生きたのは間違いない。若い人には可能性がある。従来の価値観にとらわれない自由さも併せ持つ。独自の発想力により社会にイノベーションを起こす人の資質といえる。

 そのために必要なのが学習だ。「習」という字は「羽を広げてはばたく」を意味する。ひな鳥が親鳥の羽ばたく様子を見てまねる。はばたく練習を何百回も繰り返す。飛ぶ練習はできないからだ。失敗すれば落ちて死ぬしかない。だからこそ必死になって親鳥のまねをする。

 ひな鳥の親のように、成長を求める学生の手助けを大学が担っている。先人が築いてきた歴史を学ぶことで自分の成長につなげる。これこそが学習のダイナミズムで、学ぶとはまねることにほかならない。歴史を授業を通して伝え、先人の経験を共有させることが大学の役割だ。まさに学習支援であり、そのサポーターが教授だ。そして社会に学生を送り出す。

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