ニュースを疑え

「その日暮らし」の発想 アフリカ路上商人に学ぶ「微妙な負い目」とは (1/3ページ)

 終身雇用は崩壊した、老後資金が2000万円足りないなど、将来の不安をかき立てるニュースがとにかく多い。人類学者の小川さやかさんは、未来に備えて今を生きる日本人にない発想を、アフリカ・タンザニアの零細商人たちの「その日暮らし」に発見した。そこには不安定な世界を生き抜く、目からうろこのセーフティーネットがあった。(聞き手 坂本英彰)

 --タンザニアで実際に路上商人になり、体当たりで調査をしたのですね

 「はい。路上商人の多くはその日暮らしで、日本人のように貯蓄に励んだりしません。自発的なときも、ねだられて仕方なくというときもありますが、いろんなひとに金や物を貸したり与えたりする。ただ、そうした金品の貸与により、困ったことが起きれば、誰かが助けてくれるというセーフティーネットができます。何かあったときには、人間関係のなかでやりくりしているのです」

 「日本人は借りたものはなるべく早く返そうとするでしょう。でも彼らは、貸し借りの帳尻を必ずしもすぐには解消しない。誰もが誰かにお金を貸し、また誰かに借りているという状況で、多くの人たちとの間で互いに微妙に負い目を残しておくんです。すると何かあったときには、誰かに助けてもらえる形になる」

 --私たちの常識と違い過ぎて想像しにくいですね

 「タンザニアの長屋で、こんなことがありました。住民の男の子に好きな女の子ができたけれど、俺は貧乏だからアプローチしても振られるなどとうじうじしているのです。すると、情けないこと言うなとみなが尻をたたき、靴屋をしている仲間は一番いい靴を、古着屋の仲間は露店にあった一張羅(いっちょうら)をそれぞれ1日だけ貸し、雇われタクシー運転手はボスに内緒で2時間だけ車を使わせてあげた。私もお小遣いをあげました」

 「彼は一夜にして超ハイスペック男に変身し、女の子とつきあうことに成功したうえに結婚までした。もちろんメッキはすぐはがれました。でも彼女は私にこう言ったのです。『たしかに彼は何も持っていない。でもいざというときに貸してくれる友人がいれば、それらは持っていることとほぼ同じでしょう。子供が病気になったら、きっと運転手はまたタクシーを貸してくれるわよ』って」

 裏切りと親切に満ちあふれ

 --昨今流行のシェアリングのようでもあります

 「たしかにコンピューターに例えると、彼らの考え方は、自分のパソコンにさまざまな能力や資産をインストールして保存しなくても、インターネットを介して多様な能力や資産をもつひとたちと連結してそのつど利用すれば、別によいというイメージにも近いですね」

 「私の本に『ボス』の愛称で登場する、香港に長期滞在しているタンザニア人のブローカーはすごいですよ。大統領秘書から詐欺師や囚人に至るまで、500人もの連絡先がスマートフォンに登録されているんです。ほとんどの人との関係はスリープモードですが、起業から犯罪絡みの事件まで何が起こっても何とかなると言うんです。それは全く誇張ではありません」

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