国の対応・指示を待ってはいられない
休校要請が出されてこの方、「学習格差」が叫ばれて久しいが、国や都道府県(政令指定都市)がやることと言えば、目的決めて予算を付けることくらいで、ICTに関しては何も実行できていないに等しい。
かと思えば、ある新聞のWeb版に「オンライン学習、国が開発へ…作問から成績評価までの活用目指す」という記事(4月27日付)が掲載されたので目を通してみると…自動採点されるという点を除けば、内容も方法も活字教材で学習するのと大差ない。「これからは5G!」という時代に、インタラクティブ性もなく、勘違いも甚だしいと感じるのは筆者だけだろうか。記事中には「問題は、…国立教育政策研究所などと協力して拡充…」とあるが、文科省の天下り先ではないか。呆れてものが言えないとは、まさにこのことだろう。
どの方式のリモート授業にも向き不向きがある
閑話休題。時勢柄、テレワーク、リモートワーク…といった言葉が飛び交っているが、仕事と違って学習や授業に関しては、まだ用語の定義が確立されていない感がある。筆者なりに整理してみると以下のようになる(タブレットなどを使って独りで取り組むe-ラーニングは除く)。
リモート授業にどの方式が向いているかは、学習の段階や目的、生徒の学力レベルや性格、受験経験の有無などによって違ってくる。初出単元なのか復習なのか、暗記事項が多い単元なのか計算問題が中心の単元なのか、発展的な内容を理解したいのかテスト対策なのか、解説が中心なのか演習が中心なのか…。
生徒の性格や学習経験という点で言えば、一般的に学年が下がるほどリモート授業による学習は難しくなる。生徒が大手塾に通っている個別指導先(生徒は小5)からも、映像授業に関して、「PCの前でじっとしていられなくて…」「聞き流してしまって…」「理解できてない(しづらい)みたいで…」と聞かされている。
中学生以上であっても、受験経験(成功体験)があり自宅学習の勘どころが備わっている生徒なら効果的でも、映像を視聴してもその後に何をどのように進めたらよいのかイメージできない生徒だと、一方通行の解説では成果が出づらい。
さらには、同じ映像授業という形態であっても、生徒が飽きずに集中して学習できるかどうかは、講師自身の工夫(演出)によるところが大きい。例えば、板書をしながら淡々と説明するのと、冒頭のおっぱっぴー小学校のように、常に生徒に話し掛ける体で、時によっては身体全体で表現し、全員に質問を向けたら少し間を置いて「そう! ○○だったよねぇー!」と念を押してから次に進む、といったのとでは、記憶の残り方がまるで違ってくる(余計な印象を残すと逆効果ではあるが)。
今後、5Gの普及に伴って、リモート授業でも双方向化が進むことは間違いないが、一時的にはICT環境格差も広がることになる。その部分は、政策でカバーしてもらうしかないが、現場にいる教師・講師の適性も大きく変化していくことだろう。
説明が分かりやすい、話が面白い、熱心で面倒見がよい…といった、今も将来も変わらないであろう資質に加えて、学習メディアを上手に組み合わせることができるかどうかも含め、ICTを活用した学習の“場づくり”の力が、教える側の重要なスキルの一つになっていくはずだ。
これから塾を選ぶ(私立の中・高校や大学を選ぶ際も同様)のであれば、今も続く休校要請に対して、その教育機関がどんな対応をとったのか(とれたのか)を吟味することの重要性が、一段と高まったのではないだろうか。
【受験指導の現場から】は、吉田克己さんが日々受験を志す生徒に接している現場実感に照らし、教育に関する様々な情報をお届けする連載コラムです。受験生予備軍をもつ家庭を応援します。更新は原則第1水曜日。アーカイブはこちら