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伝説のトキワ荘2階に「昭和」が見えた 漫画文化を継承、内覧会ルポ

 住宅街に現れた、くすんだベージュ色のアパート。階段をきしませて2階へ上がると、手塚治虫や石ノ森(当時は石森)章太郎らが入居していた昭和20~30年代へタイムトリップできる。27日、東京都豊島区南長崎で開かれた「トキワ荘マンガミュージアム」(7月7日開館)の内覧会に、「昭和」を知らない平成生まれの記者も参加してみた。

 食べかけのラーメン

 施設はトキワ荘が竣工(しゅんこう)してから10年後を再現しているため、外壁が雨だれで黒ずむといった細かい意匠が張りめぐらされている。ギシギシと階段を上がって最初に見えるのは、くみ取り式のトイレ。隣には住人共同の炊事場がある。壁には「火の用心」「節水」と張り紙があり、作業台の上には、食べかけのラーメンが置きっぱなしだ。

 4畳半の部屋をのぞくと、漫画原稿が床に散らばっていたり、白黒放送がテレビで流れていたりと、漫画に没頭して青春を過ごした若者の生活が見える風景が広がっている。窓の景色は今の外景ではなく、当時のトキワ荘の窓から見えたものを絵によって再現している。来館者が作業途中の机に向かい、漫画家の気分になりきる写真撮影スポットも用意されている。

 手塚治虫の自画像も

 1階は企画展示コーナーで、手塚や石森の作品も載った雑誌「漫画少年」の現物がずらりと並ぶ(9月まで)。昭和57年の解体の際、手塚が天井板に「リボンの騎士」のサファイアと自画像を描いた現物も展示されている。本紙連載「よみがえるトキワ荘」30回分をまとめたパネルもある。

 「当時、漫画は下等なものとされていました」。開館記念式典で、元住人で少女漫画のパイオニア、水野英子さん(80)はそう振り返り、トキワ荘での生活を「24時間漫画に浸り、仲間がいた。半分以上が亡くなったけれど、もしご存命なら皆さん心から喜んだでしょう」と述べた。

 「ただ懐かしいアパートではなく、継承し日本の漫画、アニメの歴史を語る土台となってほしい」と話したのは、施設の運営検討会議座長だった漫画家の里中満智子さんだ。漫画を日本が誇れる文化にまで高めた人々の足跡がここにある。これからもミュージアムに足を運び、その意義を確かめたい。(飯嶋彩希)

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