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『四季の創造』 「二次的自然」で養われた「神話」 ライター、永青文庫副館長・橋本麻里 (1/2ページ)

 ■『四季の創造 日本文化と自然観の系譜』ハルオ・シラネ著、北村結花訳(角川選書・2000円+税)

 日本では自然と人間が調和し、共存してきた-とは、耳慣れた謂(い)いである。だがこの20年をみても、調和どころか巨大地震や津波、噴火、台風など制御不能な自然の猛威の前に、多くの人命が失われている。そうした状況は日本の歴史の始まりから変わらぬだろうに、自然と調和する日本人、という「神話」はわれわれの間に長く、強固に根を張ってきた。この経緯と理由を、説得力をもって解きほぐしたのが本書である。

 著者は、日本の詩歌や小説などの文芸において言語的に、あるいは絵画や衣裳、調度などに視覚的に表現された自然が、「ありのままの自然の姿ではなく、支配階級の社会や文化が“見たい自然”の姿」(二次的自然)であることに着目する。古代中国における詩歌の伝統を基礎に、和歌でも景色や自然の描写を通じて感情を表現する手法が好まれ、和歌集はそれらの歌を季節に従って、細かく分類、配置した。やがて野分や霞といった天象、動植物、天体など、自然の断片までが特定の季節や感情と結びつき、季節ごとにまとまりのある連想の体系が発展していく。加えて、天皇の命により編纂(へんさん)される勅撰和歌集は、その支配下にある自然と人間の調和を言祝(ことほ)ぐものでなければならなかった。

 人間の感情を優美に表現した季節の題とその連想は、まず和歌の領域で確立し、イメージや比喩の宝庫として、襲色目(かさねのいろめ)などの装束から盆栽、和菓子に至るまで、さまざまな視覚メディアへ広がる一方、あらゆるものを季節に基づいて分類した文化の百科事典「歳時記」を生み出した。

 こうして日本の文化様式のほぼすべてに浸透した「二次的自然」から、今も日本人が自然に抱く親近感が養われたのだ。

                  

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