宇宙開発のボラティリティ

なぜいま火星なのか 探査機「1トン」を送るための「531トン」 (1/2ページ)

鈴木喜生
鈴木喜生

 火星への扉が開くのは2年に一度の約1カ月間

 この7月、火星探査機が各国から続々と打ち上げられています。20日にはアラブ首長国連邦(UAE)が初めて火星探査機「HOPE」を、三菱重工業製のH2Aロケットによって種子島宇宙センターから打ち上げました。24日には中国が「天問1号」の打ち上げに成功し、30日(米東部標準時)以降にはNASA(米航空宇宙局)により探査ローバー「パーセヴェランス」の打ち上げが予定されています。

 これら3機の探査機がいっせいに火星に向かうのは、「打ち上げウィンドウ」がそのタイミングで約1カ月間だけ開いているからです。地球は太陽の周りを365日で公転し、火星はその外側を687日で公転していますが、その二星が近づき、最適な位置関係となったときにだけこのウィンドウが開きます。そのタイミングが2年に一度、この2020年7月なのです。

 探査機はいつでも打ち上げることができるわけでなく、打ち上げ地点と軌道の位置関係に厳密な制約があり、それに則さなければ火星への軌道に乗せることはできません。わずかなタイミングのズレで火星への軌道は刻々と変わり、それはロケットや探査機の燃費に影響を与えるだけでなく、海上に投棄されるロケットの着水ポイントの制約も受けることになります。さらに、もし探査機が軌道上で太陽光パネルを使用するのであれば太陽との位置関係も重要になります。

 ちなみにJAXA(宇宙航空研究開発機構)の探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」へ向かったときの打ち上げウィンドウは30秒間でした。

 1トンを火星に送る=531トンを打ち上げる

 今回NASAが打ち上げる火星探査ローバー「パーセヴェランス」は、コンパクトカー程度の大きさ(全長3m×全幅2.7m×全高2.2m)で、質量は1tを超えます(1025kg)。これを包んで運ぶ宇宙機、ロケット、ブースター、燃料をすべて合わせると計531tになります。ロケットが燃料の固まりだとすれば、1tの探査機を火星に送り届けるために、これだけの「力」が必要なのです。

【NASAによるパーセヴェランスの動作確認テスト】

 圧倒的な速度…たった3分で宇宙空間に到達

 地球の引力に逆らってモノを宇宙空間に浮かべるには、秒速7.9km以上という凄まじい初速度が必要となります。これを「第一宇宙速度」といいます。そこに到達するまでの打ち上げのシークエンスを見てみましょう。

 以下は、今回使用するものと同じ「アトラスV 541」ロケットで2011年に打ち上げられた火星探査ローバー「キュリオシティ」のときのデータです。ローバーの質量は900kgであり、今回のパーセヴェランスよりも少々軽いのですが、ほぼ同等の流れになると予想されます。

  • 【1】ロケットに点火されると1.1秒後に531tの物体が浮き上がる
  • 【2】1分50秒で高度50kmに達し、マッハ4.3(秒速1.47km)を超え、完全燃焼したブースターが分離される
  • 【3】3分40秒で高度120kmに達し、マッハ10(秒速3.4km)を超え、ロケットの先端の覆い(フェアリング)を分離、宇宙機がむき出しになる
  • 【4】4分50秒で高度160kmに達し、マッハ16.3(秒速5.6km)を超え、燃料が空になった第一段ロケットが分離される

 FAI(国際航空連盟)は高度100kmから上を「宇宙」と規定しているので、531tの重量物はわずか3分強で宇宙に到達することになります。さらに、急速に燃料を消費しながらブースターやロケットを切り離していくことで、打ち上げられた宇宙機はどんどん軽量となり、また高度が上がるにつれて大気が稀薄になって抵抗が減り、宇宙機は刻々と加速します。そして秒速7.9kmという信じられない速度に到達したとき、宇宙機は地球の引力を振り切り、地球周回軌道を周りはじめるのです。

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