まさかの法的トラブル処方箋

夫婦間の争い過熱させる家裁の無責任さ 結婚が破綻…そこに潜む法律の“罠”3 (2/2ページ)

上野晃
上野晃

「毎月100万円くれたら5分だけ会ってあげても」

 日本の家裁では、いまださまざまな昭和的固定観念が存在しています。子供は母親が育てるものとか、夫婦が別れたら父子も別れることになるとか。面会交流があくまで「施し」程度、親戚の叔父さんと会う程度しか認めてもらえないのも、「父子なんて、それくらいの関係でいいんじゃないの?」という固定観念が根底にあるがゆえだと思います。

 ある裁判官がこんなことを言っていたのが思い出されます。

 「私だってねー、単身赴任で何年も子供の顔見れなかったんだから」

 いやそれって全然違う話じゃ…って言っても無駄なんですよね。長い年月を経てがっちりと固定観念に凝り固まっている人に対して別のイメージを伝えるのって、不可能に近いです。

 日本の家裁は、まるで出発した電車を見送る駅員さんのごとく、ほとんど指差し確認程度のことしかしてくれません。子連れ別居となった以上、子供は連れていかれた場所で育っていくことを余儀なくされるし、裁判所もそれを前提として判断をしていきます。「子供を連れ去った者勝ち」と批判される所以(ゆえん)です。面会交流も、同居親側の心情に配慮するあまり、何年も判断が出ないまま父子が断絶されてしまっているケースが後を絶ちません。その間に、子供たちの心が壊されていってしまうというケースを私は幾度となく見てきました。

 「毎月100万円くれたら5分だけ会ってあげてもいい」

 この台詞(せりふ)、誰が言ったと思いますか? なんと7歳の女の子です。この件は、数年前に新聞でも取り上げられて、その後国会でも質問されましたが、家裁の無責任さの皺寄せで、子供が被害を受けているケースとして、皆さんに知っていただきたい典型事例です。

 多様性がますます進んでいく令和の時代、夫婦の離別の態様も多様化の一途をたどっています。

 裁判所は昭和的固定観念から抜け出すべきです。昭和の時代、「無責任男」というのが流行(はや)りましたが、令和の現代、最も無責任な存在となっているのが家裁ではないでしょうか。

 芸術家の岡本太郎さんが、「退職時に『大過なく仕事を終えることができて』なんて言うような仕事の仕方だけは決してしないでほしい。『たくさん失敗もしたけど、こんな素晴らしい仕事もした』と言えるような仕事をしてほしい」と言っておられましたが、家裁の皆さん、どうかこの言葉、胸にとどめてください。

 次回、最近話題になっている養育費の問題について、令和的観点から私なりに考える、あるべき方向についてお話ししたいと思います。

神奈川県出身。早稲田大学卒。2007年に弁護士登録。弁護士法人日本橋さくら法律事務所代表弁護士。夫婦の別れを親子の別れとさせてはならないとの思いから離別親子の交流促進に取り組む。賃貸不動産オーナー対象のセミナー講師を務めるほか、共著に「離婚と面会交流」(金剛出版)、「弁護士からの提言債権法改正を考える」(第一法規)、監修として「いちばんわかりやすい相続・贈与の本」(成美堂出版)。那須塩原市子どもの権利委員会委員。

【まさかの法的トラブル処方箋】は急な遺産相続や不動産トラブル、片方の親がもう片方の親から子を引き離す子供の「連れ去り別居」など、誰の身にも起こり得る身近な問題を解決するにはどうしたらよいのか。法律のプロである弁護士が分かりやすく解説するコラムです。アーカイブはこちら

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