ラーメンとニッポン経済

1972-日本中が固唾を呑んだ「あさま山荘事件」 厳寒の山中に…湯気立ちのぼるカップヌードル (1/3ページ)

佐々木正孝
佐々木正孝

 その時代に出現したラーメンに焦点を当て、日本経済の興隆と変貌、日本人の食文化の変遷を追っていく本連載。今回は1971年に誕生し、明けて1972年にブレイクした「カップヌードル」を取り上げる。稀代のイノベーター安藤百福が「発明」したチキンラーメンの勃興は連載4回で取り上げたが、即席麺中興の祖として見逃せないのがカップヌードルだ。これぞ飽和市場にブルーオーシャンを創出し、世界、そして宇宙にまで進出したキラー商品なのである。本品の開発~爆発的普及のプロセスを追いつつ、栄養からファッション、世情に至るまで、麺に託してずるずる啜り切った大衆の昭和史も活写していこう。

■即席麺戦国時代! レッドオーシャンで熱望された新商品

 「お湯をかけるだけ、2分でOK!」

 1958年、日本人の麺食文化をガラリと変えるインパクトでチキンラーメンが登場した。日清食品を創業した安藤百福が手がけたこの逸品は、スーパーマーケットやテレビジョンと並んで大衆に浸透。大量生産・大量広告・大量消費時代の到来を告げる申し子として大ブレイクを果たした。

 しかし、日清食品が先行者利益を享受できた時間は決して長くない。翌1959年には梅新製菓(現エースコック)が「エースコックの味付ラーメン」を、泰明堂(現マルタイ)が「即席マルタイラーメン」を発売。その他、大小問わず350社以上のメーカーが参入し、即席麺市場は瞬く間にレッドオーシャンと化した。

 チキンラーメン誕生から5年後の1963年のシェアを見ると、日清食品は全体の25.3%にとどまっている。1965年には「明星日本そば」「明星焼きそば」の新製品を繰り出した明星食品が、1971年には「サッポロ一番」を擁するサンヨー食品がシェアトップに君臨。乱売と過当競争のラーメン戦国時代が到来する。

 60年代後半になると、日清食品は中村メイコ、明星食品は京塚昌子、エースコックは渥美清、サンヨー食品は山田太郎(新聞少年のスターとして支持された演歌歌手)をCMに抜擢するなど、主要メーカーは大プロモーションと値引き競争に狂奔した。

 しかし、即席麺はあっという間に成熟商品に仲間入り。1966年には年産30億食を初めて超えたが、前年対比の伸び率は6.1%。1958年以来初めて10%成長を割り込み、1世帯あたりの即席麺購入量も前年比94.2%と、勢いには陰りが見え始めた。安藤百福がチキンラーメンを開発してから10年も経たないうち、パラダイムを変える新商品が熱望されるようになっていたのである。

■海外展開をにらみ、ファッションフードとして登場した

 膠着した状況を打破すべく、安藤百福が開発したのがカップヌードルである。あらためて概要を紹介すると、発泡スチロール製の縦長カップにはアルミシールの蓋を乗せ、味つけを施した麺を収納。フリーズドライのエビ、豚肉、卵などの具材を添え、シュリンク包装でパッケージし、1食ごとにフォークを添える。備品のフォーク以外は、パッケージも含めた仕様はほぼ現在と変わらない。1971年9月の誕生時から既に完成度の高いプロダクトだったのだ。

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