2014.9.27 17:02
麻酔薬を使い、出産の痛みを抑える「無痛分娩(ぶんべん)」。「産みの苦しみ」を重んじる文化に加え、正しい知識が妊婦や家族に届かず、日本ではなかなか普及していない。だが、無痛分娩は産後の回復が早く、高齢出産のリスク軽減などメリットも大きい。(油原聡子)
北里大学病院(相模原市南区)では、年間約1千件のお産を扱う。帝王切開をのぞくと7割前後の妊婦が無痛分娩で出産している。
無痛分娩で多く使われるのが硬膜外鎮痛法(硬膜外麻酔)だ。脊髄の外側にある硬膜外腔に細い管(カテーテル)を入れ、局所麻酔薬と医療用麻薬を入れる。麻酔薬は薄めてあるので、痛みを感じる知覚神経は麻痺させるが運動神経には、ほとんど影響がない。子宮が収縮する感覚は残り、いきむことができる。
麻酔科の奥富俊之診療教授は「体力の消耗を防ぎ、産後の回復も早い。医療上のメリットもある」と指摘する。出産で痛みを感じると、血管が収縮し、胎盤を介して赤ちゃんへ送られる血流が少なくなる。だが、無痛分娩なら、痛みによる血流の変化を抑えることができ、赤ちゃんへの酸素を安定して供給できる。高血圧や精神疾患など持病のある人は、脳出血やパニック発作などのリスクを抑えることが可能だ。高齢妊婦の場合、体力の温存ができる。
妊婦からは「赤ちゃんへの影響」と「痛みが本当に取れるのか」という質問が多いが、奥富医師は「麻酔薬は妊婦の血液中にわずかに入るだけで、赤ちゃんへの影響はまず、ありません」と話す。妊婦の希望に合わせて麻酔量を調整するが、硬膜外鎮痛法は効果が出るまで15分程度のため、痛みを感じても一時的で済む。
高まる関心
高齢出産の増加や海外で無痛分娩を経験した人などが増え、関心は高まっている。
さまざまな病院で麻酔科医として無痛分娩に関わる柏木邦友医師は「お産を楽しめるというメリットがある」と話す。痛みから解放され、リラックスした状態でお産に臨めるからだ。出産の途中で帝王切開になった場合には、すでに麻酔薬が効いているため対応がしやすいという。
ただ、デメリットもある。吸引・鉗子分娩が増えるほか、出血や感染、発熱、神経障害などの合併症もまれながら、考えられる。また、通常の分娩費用に加えて、10万円前後上乗せになることが多いという。
柏木医師は「医療行為である以上、リスクはゼロにはできない。適切に管理し、きちんと説明することで麻酔への不安がなくなる場合がほとんどです」。
根強い誤解
文化的背景にもよるが、海外では半数以上が無痛分娩の国も多い。日本では無痛分娩率は3~4%だ。日本産科麻酔学会の天野完会長は「日本は生理的なものに医療が介入するのを嫌がる傾向がある。無痛分娩ができる施設も限られている」。
無痛分娩に対する誤解もある。「無痛分娩だと帝王切開の確率が上がる」というのは誤りで、帝王切開率と無痛分娩は無関係という考えが今では一般的だ。「出産で痛みを感じないと愛情不足になる」などの言説に、科学的根拠はない。「産みの苦しみ」を重んじる意識が壁となり、妊婦本人が無痛分娩を希望しても、親など周囲の反対であきらめる人もいるという。
天野会長は「希望する人がいれば、選択肢として無痛分娩を提供できるようにしていかなければならない」と話している。
日本産科麻酔学会はホームページで無痛分娩できる施設を紹介している。
■痛みコントロール
東京都世田谷区の主婦、村瀬久代さん(38)は8月、第3子を無痛分娩(ぶんべん)で出産した。午後7時ごろに陣痛が始まり、生まれたのは翌日の午前7時27分。「助産師さんのチェックや麻酔量を調整するとき以外はウトウトしながら出産までの時間を過ごした」。痛みはコントロールされていたという。
第1子は自然分娩だったが、痛みに苦しみ大量出血し、約30時間の難産に。第2子以降、無痛分娩を選んだ。「無痛分娩がなかったら、また出産しようとは思わなかった」と振り返る。
世田谷区の主婦、千屋由希子さん(41)は8月に第1子を無痛分娩で出産。「年齢も高いので安心できる環境で産みたかった」と説明する。産後も楽で、お見舞いに来た友人からは「なんでそんなに元気なの?」と驚かれた。
2人は無痛分娩専門の東京マザーズクリニック(世田谷区)で出産。開院した平成24年の分娩件数は約250件だったが、26年は400件に達する見通しで、年々利用者は増えている。