【書評】『死に支度』瀬戸内寂聴著

2014.12.13 12:30

 ■老いて開く作家の新境地

 まず、タイトルにドキッとする。あの寂聴さんもいよいよ…と思ったら、しおらしい予想は見事に裏切られた。作品を読んだことがない人にも、今ならこの本から入ることをおすすめしよう。とにかく抱腹絶倒、おもしろい。

 物語は本人いうところの「春の革命」から始まる。52年勤めた68歳のハンちゃんを筆頭にスタッフ4人が突如、辞めると言い出したのだ。自分たちを養うために先生は仕事を減らせないのだ、暮らし方を変えてくださいと。

 残されたのは一番若い66歳も年下の娘、モナ。面接でいきなり「初体験はいつ?」と聞かれ、「高校二年生です」と答えてしまう現代っ子だ。掛け合い漫才のようにテンポ良く進む2人の会話が秀逸である。

 「お早うございますなう」「お早うなう。昨夜は徹夜で四時に寝たから、起きないなう。食事いらないなう」。若者言葉を習得してイマドキ女子の生態には興味津々、さらりと受け入れる著者がとにかくかわいい。時に老いに悲観的にもなるが、ドライな言葉で鼓舞しつつ愛情を持って支えるモナとの強い絆には、何度もほろりとさせられる。

 同書は文芸誌「群像」に1年間連載された。東京都知事選で細川護煕(もりひろ)候補の応援演説に立ち、宝塚歌劇100周年式典に出席…と、実際にはいっこうに減らない著者の仕事ぶりが語られる。一方で、母や父、姉の死、作家・井上光晴氏や知己の老舗女主人の死…と、さまざまな人の死を描きつつ、やがて来る自分の死とも向き合おうとするあたり、僧侶作家の本領発揮といったところだろう。

 「ああ、死にたい! どうして私、死なないんだろう、もう生き飽きたよう!」。たびたび口走ってはモナにたしなめられ、弱気になったかと思ったら「次作は」との声に、ついついまた書く気がわいてくるパワーには脱帽だ。

 今年で御年92歳。司馬遼太郎さんをして「天性の作家」と言わしめた健筆はますます軽やかに、モナを得て新境地を開いた。幅広い世代に、多様な読まれ方をしているというのもうなずける。(講談社・1400円+税)

 評・山上直子(論説委員)

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