村上春樹さん新作、「南京事件」犠牲者「四十万人というものも」で波紋 中国・人民日報サイトも報道

2017.3.7 17:11

 先月発売された世界的な人気作家、村上春樹さん(68)の4年ぶりとなる長編小説「騎士団長殺し」(新潮社)が思わぬ波紋を呼んでいる。戦争中に旧日本軍の占領下で起きたとされる「南京事件」(1937年)の犠牲者数に触れた登場人物のセリフなどについて、近年の歴史研究に照らして疑問視する声がインターネット上で噴出。小説と歴史書は別物だとする擁護論も多く、想定外の“場外戦”が展開されている。

 「騎士団長殺し」は第1部、第2部の2巻で計138万部を発行する大ベストセラー。妻に突然別れを告げられた肖像画家が遭遇する不思議な出来事をつづった物語で、戦争の負の記憶にも光が当てられている。

 論議を呼んでいるのは第2部、謎に包まれた登場人物「免色(めんしき)」のセリフ。ある人物の過去を語る中で〈南京虐殺〉に触れ、主人公の肖像画家に対し、日本軍が降伏した兵隊や市民の大方を殺害したなどと説明。〈おびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます〉と語っている。

 南京事件の犠牲者数について中国側は「30万人」と主張。日本では近年の研究でこれが誇大だとの見方が定着しており、「事件」というほどの出来事はなかったとの意見もある。

 こうした歴史研究の現状もあり、発売日の2月24日には作家の百田尚樹さんがツイッターで、〈これでまた彼の本は中国でベストセラーになるね。中国は日本の誇る大作家も「南京大虐殺」を認めているということを世界に広めるためにも、村上氏にノーベル賞を取らせようと応援するかも〉と皮肉った。ネット上の掲示板にも「中国が主張する30万人より多い」「根拠を示して」といった書き込みが相次いだ。一方で「小説と歴史検証本を一緒にしたら駄目」「(あくまで)キャラクターが言ったこと」などと静観する声も少なくない。

 騒動は中国にも波及している。人民日報社のニュースサイト「人民網日本語版」は4日、南京大虐殺記念館がブログの中で、歴史に直面する村上氏の姿勢を評価した、などとする記事を掲載。「歴史にまっすぐに向き合う村上氏の姿勢は、批判よりも賛同の声をより多く集めている」と報じた。

 立命館大学の北村稔名誉教授(中国近現代政治史)は「死者40万人の根拠が何なのかは分からない。小説の中の一登場人物のセリフではあるが、村上さんが世界的権威のある作家だけに、今後、中国側がこのことを針小棒大に政治利用してくる恐れもある」と懸念する。

 村上さんは平成26年に発表した北海道中頓別(なかとんべつ)町を舞台にした短編で、登場人物の感想として、たばこのポイ捨てが「普通」と表現。町議の一部から抗議を受け、架空の町名に変えたこともある。今回の騒動もそんな「一作家を超えた社会的影響力」(出版関係者)ゆえといえそうだ。

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