上司「残業されると俺の給料が減る」 働き方改革が招くパワハラ、仕事が遅い社員の苦悩

2017.9.23 16:10

 これからは同期の7割が非管理職(係長以下)のまま定年を迎えることになる。出世競争が激しくなる一方で、「働き方改革」の影響で労働時間の管理は厳格化しつつある。仕事量が変わらないのに労働時間を減らされれば、職場はギスギスしていく。社内の人間関係にも深刻な影響が出るだろう。人事ジャーナリストの溝上憲文氏が、そんな職場の現状をリポートする。

 短時間で効率よく仕事した人が出世競争に勝つ

 9月は4月と並ぶ人事異動の季節だが、めでたく昇進した人、惜しくもできなかった人、あるいは部下を持つ「ライン管理職」から「部下なし管理職」に格下げされた人もいるかもしれない。

 今のご時世ではポスト不足で課長にもなれない人が増えている。20年ぐらい前は20代後半で主任、30歳代前半で係長、30代後半で課長になったものだ。だが、10年ぐらい前から係長にはなれるが、管理職となる課長の平均昇進年齢が40代になり、しかも課長になれる人は同期の5割を切り、今では3割といわれている。部長に至っては1割以下という大企業も多い。

 つまり同期の7割は非管理職の係長のままで定年を迎えることになる。それにもかかわらず「大卒総合職」の採用では「将来の幹部候補」などと、キャリアステップの幻想を振りまいている企業も多い。

 また、昨今の「働き方改革」で昇進のハードルも上がっている。残業時間の削減を旗印に、短い労働時間内に効率よく仕事を終えた人を評価する動きが強まっている。

 ▼部下の労働時間を管理できた管理職は高評価

 たとえば日本経済新聞(2017年9月16日付朝刊)によると--。

 オリックスは成約件数やリースの取扱高などを評価していたが、今年度から同じ成果であれば短い勤務時間で業務を終えた社員の評価を高めるという。全社員を対象に評価結果はボーナスに反映される。さらに課長や部長などの管理職も部下の労働時間を管理できたのかを評価し、昇給や昇格の参考にする。

 三井住友海上は今年度初めに「午後7時前の退社ルールを守る」「無駄な作業が生じないよう部下に明確に指示する」などの目標を設定し、上司が達成度を評価する。最初は意識改革を先行し、今後は残業時間削減の達成率など数値目標の導入も検討するという。

 第一生命保険も今年度末の人事考課から、管理職に限定していた生産性を高めたかどうかの評価を全社員に拡大。業務の質を落とさずに以前よりも短時間で終わらせたり、効果的な業務の見直しを提案したりした実績を給与額決定の指標のひとつにするそうだ。

 これまでは朝早く出社し、夜遅くまで仕事をしている社員を高く評価する風潮があったが、長時間労働批判やホワイトカラーの生産性向上を背景に人事評価を使って効率化を促すことにしたものだ。

 「時間内に終わらせろ、さもないと評価を下げるぞ」

 「生産性向上」の言葉の印象はいいが、従来に比べて短い時間で同じ成果、あるいは高い成果を出すことはスタッフや管理職にとって簡単にできることではない。仕事をこなすのが速い人もいれば、遅い人もいる。

 物書きの世界でも締め切り前に原稿を書き上げる人もいれば、筆者のような遅筆タイプもいる。速いか遅いかで仕事の出来は必ずしも関係ないと思うが、サラリーマンも同じように頼まれた仕事を定時までに終わらせる人もいれば、多少の残業をしないと仕上げられない人もいる。

 そういう人たちに「時間内に終わらせろ、さもないと評価を下げるぞ」というプレッシャーを与える“時間レース”を持ち込めば、本来は実力があるのに昇給・昇格の機会を逃してしまう人も出てくるのではないだろうか。

 業務の効率化や健康への配慮は当然必要だが、給与や昇進に関わる人事評価に手をつける前に解決しておくべき問題がある。

 ▼仕事は多いが増員なし「結局若手にシワ寄せ」

 そもそも達成すべき成果や仕事量は、会社の経営計画や事業部門のトップなど上から降りてくる指示内容で決まることが多い。

 ある大手建設関連会社では、事業部門のトップが「社員1人あたりの月の残業時間を80時間に設定して事業計画を策定した」と経営会議で発言し、顰蹙を買ったという。

 定時退社を促すのであれば、事業部門長がそれに見合った仕事量にするか、人事部に頼んで増員してもらう必要がある。

 もちろん人事評価に「短時間での仕事の効率化」を導入する企業はこの問題(仕事量と人員数の調整)はクリアしているのだろう。それもできずに「業務の効率化」を叫んでも現場が疲弊するだけである。シワ寄せは現場の部下や非正規社員、外部業者などにいくという構図になることがうっすら見えているが、そうならないことを望みたい。

 「お前が仕事遅いから俺の評価が落ちて給料が減る!」

 もうひとつの心配は、部署の効率化を推進する管理職のマネジメント力である。定時退社やノー残業デーに取り組んでいる企業も多いが、現時点ですでに管理職の力量不足による怨嗟(えんさ)の声も上がっている。

 あるサービス業の40代の女性社員はこう語る。

 「残業を減らせ、早く帰れと口で言うだけで、業務改善の取り組みをしない」

 50代の金融業の女性社員も次のように話してくれた。

 「ただ早く帰れと言われるばかりで、無駄な報告や申請書類、組織改革がない。スカートの裾を踏んだままで先に進めと言われているような感じだ」

 「定時退社を! 残業を減らそう! 生産性向上を!」。そんなスローガンの文言そのものは悪くない。だが、そう呼びかける管理職や上司はたいてい口だけで、増員をするなど具体的な対策を打つことはまれだ。

 ▼仕事が遅い社員が「パワハラ地獄」に陥る可能性

 さらに言えば、業務の効率化を進めるのはよいとしても「仕事を効率化しすぎて職場内のコミュニケーションが極端に減ってしまい、逆にモチベーションが下がってしまった」という声もしばしば聞く。

 無策のまま時間内に仕事を終わらせるために部下を締め付けると、仕事の楽しさややる気をそいでしまう結果になりかねない。

 よくあるパターンは、時間内に終えられない社員の仕事を取り上げて、仕事が速い社員に仕事を振り分けるか、管理職自らできない社員の仕事を肩代わりしてやることだ。

 こうなると仕事のシワ寄せを受ける社員は、仕事が遅い社員に対して恨みを抱くかもしれない。そもそも「部下に仕事を与えない」行為はパワハラとされている。その上、上司が遅い社員に対して怒り散らすことになれば、凄惨な「パワハラ地獄」に発展することになるだろう。

 上司はこう言うかもしれない。

 「お前が仕事遅くて残業ばかりしていると、(管理職である)俺の評価が落ちて、給料が減るんだよ!」

 仕事の遅い社員は職場にいづらくなり、仕事に対する気力も完全に失ってしまうのではないか。

 こんなやり方では、短期的に残業時間の削減が進んだとしても中・長期的に職場環境が悪化し、生産性は低下していくだろう。本当の意味で「働き方改革」を進めるのであれば、現場を締め付けるだけでなく、マネジメントの仕組みそのものを考え直す必要がある。そうしなければ、長期的な生産性の向上はおぼつかないだろう。

 (ジャーナリスト 溝上 憲文)

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