頭と胃が求めるものは通じ合う? 親しんでいるものが人生のコアに

2017.10.1 06:00

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 頭が求めるものと胃が求めるものは一見違う。

 日本の人が欧州に旅行に来る際、ホストする側が毎日のメニューを全て和食にしていたら「私をバカにするのか!」と言いかねない。食への文化度が低い人間であると見なされたと思い込み、プライドが傷つく(ようだ)。

 しかしながら脂っこい食事が続くと、さっぱりした味や量が少なめのものを求めるようになる。だから和食も恋しくなる。

 ただ正確に言うならば、「日ごろ食べなれたもの」が欲しくなるのである。日々、B級の脂っこいものを食べているなら、B級の脂っこいものが食べたくなる。フランス料理の油っぽさにウンザリしていても、豚骨ラーメンであれば箸は活発に動く。

 一方、頭の中でカテゴリー化できているものは文化差を超えやすい。フライであれば、中身が肉であろうが野菜であろうが材料には寛容になる。先日、東京で数人のイタリア人と居酒屋で食事をした時、メニューにあるフライものを片端から頼んでみた。 

 ゴボウであろうとフライであればまったく怖気づくことなく食べる。いや、ゴボウがそのまま出ていても食べることは食べる。が、好奇心とつきあいながら新しいものを食べるエネルギーにも限度がある。「これは何? あれは何?」といちいち聞きながら確認するプロセスに疲れる。そして胃が閉じていく。

 というわけで頭と胃は通じている。プライドがそれを隠そうとする。

 人は記憶に限度があることを十分に承知しているが、頭の中のオープンさには比較的限度を高く見積もっている。さらに言えば、限度が存在すること自体に許し難い気持ちをもっている。

 身体的な限界には気づく。痛みがあり、疲れで動きがとれなくなるからだ。睡魔には戦いきれないことも知っている。大量のものを一気に食べられないし、水でさえガブガブ飲めるわけでもない。

 生ビールをジョッキで何杯までなら平気だが、何杯を越えたら泥酔すると大人は分かっている。かなり正確に把握しているものだ。

 軽い文庫本なら1時間半なり2時間以内で読めるという目安はある。が、ある程度のレベルの本を理解して自分のものにできるかどうかは、ビールでジョッキ何杯、ワインのグラスで何杯とのレベルと同じようには掴み切っていない。 

 しかも本を何ページまで読んだら思考能力が低下する、または逆に内容に嵌り過ぎて興奮することなど予想もできないことは多い。文章の出来ではない。内容自体に予測のつきにくさの原因がある。

 だからなのか、自分自身の理解力は高めに設定されていることが多い。言うまでもなく、ことは本に限らない。どこか知らない国を訪ねて、その文化を分かることについても思いのほか、自分の実力を高く見積もっている。

 自分を知らないのは仕方ないことなのか。

 良く食べなれたものは、どんな環境であっても食べる気になる。ここに文化や伝統という言葉が人の心に入りやすい背景がある。また親しんでいるものが自分の人生のコアをつくっている、と考えやすい。

 よく耳にする目にするコンセプトからカタチに至るまで、外国にあるそれらが馴染んできたものに似ていれば、何気なく眺めるにほとんど抵抗はない。似ていないものをどれだけ受け入れるスペースがあるか。人が成長する第一の分岐点は、こちらにある。

 が、本当の成長は次にある。似ているとみえるもののディテールに差異をどれだけ見出せるか、である。「人は自分で見えるものしか(分かることしか)受け入れない」と言うが、似たものの細部が見えるのは、ある人にとっては注意深い観察の結果であり、ある人にとっては苦も無く向こうから目に飛び込んでくるものに過ぎない。

 この二つの差を嫌になるほど経験していくと、自らの頭の限度を胃の限界と同じように認識することになる。身体が語ることを軽くみてはいけない。(安西洋之)【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)とフェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

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