問題は「利用者の負担増」だけではない 来年8月から介護離職が急増するワケ

2017.12.3 13:10

 来年8月から施行される改正介護保険法。多くのメディアは「利用者の負担増」を問題視したが、問題はそれだけではない。改正法では、要介護度が改善した自治体には交付金などの「インセンティブ」が支給されるため、意図的に判定を厳しくする自治体が出てくる恐れがある。現場のケアマネージャーからは「介護離職を増やすつもりなのか」と怒りの声が聞こえてきた--。

 国は法を改正して「介護離職」を増やす気なのか?

 今年(2017年)5月に成立した改正介護保険法が、来年8月に施行されます。法改正について、首都圏でケアマネージャーをしている30代後半のMさんは私にこう言いました。

 「実は問題視すべき内容が含まれているんです。でも、その点については今のところマスコミや世間はあまり騒いでいませんが……」

 今回の改正で、多くのメディアで論点とされたのは「利用者の負担増」についてでした。介護保険サービスの自己負担割合は原則1割ですが、前回(2014年)の改正では一定以上の所得がある人は2割になり、今回の改正で3割に引き上げられました。引き上げの対象は、単身者では年収340万円以上、年金収入のみの夫婦世帯では463万円以上。厚生労働省の推計では、利用者の3%に当たる世帯だといいます。

 ▼国が自治体にインセンティブを与える理由

 Mさんは「問題はそれだけではない」と語ります。

 「利用者さんにとって負担が増えること以上に問題だと思える点があるんです。それは、“要介護度”が改善された自治体には、国から交付金などのインセンティブ(報奨)が与えられるという部分です」

 Mさんの話をかみ砕くとこうなります。

 介護保険で介護サービスを受けるには、事前に「要介護認定」を受ける必要があります。市区町村の窓口に申請し、利用者本人や家族が調査員からの聞き取り調査を受けます。この結果に主治医の意見書を加え、コンピュータによって要介護認定の一次判定が下されます。

 この一次判定をもとに学識経験者による「介護認定審査会」の二次判定が行われ、要介護度が認定されます。認定は、症状軽いほうから順に「要支援」1~2、「要介護」1~5の7つの区分に分けられます。この区分によって介護保険が適用される範囲は異なり、受けられるサービスの内容や支給限度額が変わるわけです。

 本当の介護度より「軽い認定」される危険性

 悩ましいのは、調査員による要介護認定の聞き取り調査です。

 年老いた利用者本人は「自分はまだ元気だ」というプライドや他人の世話になる恥ずかしさのようなものから、要介護度をできるだけ軽く判定してもらいたいという人が少なくないようです。だから、いつもはぐったりしているのに、調査員が来ると急に張り切ってシャキッと受け答えするケースは珍しくないといいます。

 その一方、介護を担う家族は、より多くのサービスが受けられる“重め”の介護度が認定されることを望みます。よって、調査員に対して「(親は)今はしっかりしているように見えますが、普段はそんなことないんですよ」と伝える。現在の老親の状態よりも軽く判定されるのは困るという意識があるわけです。

 認定調査ではこうしたやりとりが行われることがあるのですが、今回の改正では、要介護度が改善されるほど国からインセンティブが支給されるため、「重い介護度を認めてほしいという家族の思いに逆行しかねない」とTさんは言うのです。

 要介護度の7つの区分には一定の目安・基準があります。たとえば「要介護2」は、「立ち上がる時や歩行などにおいて自力では困難と認められ、排泄、入浴、衣類の着脱などでは介助要。生活のリズムがつかめない、記憶があいまいなどの支障をきたすような状況や他人とのスムーズな会話が困難と認められる者」とされています。「要介護1」は「要介護2」より必要な支援が少なく、「要介護3」は「要介護2」より必要な支援が多いことを意味します

 ▼福祉予算を切り詰めるため意図的に厳しく判定

 しかし、認定調査の判定結果には自治体によってばらつきがあります。同じく首都圏で10数年の経験を持つケアマネージャーIさんはこう話します。

 「親しいケアマネが集まった時などに、『A市はだいたい予想通りの判定が出る』とか『B市は判定が厳しくて、予想より軽い判定になることがある』といった話が出ることがあります。判定が厳しい自治体は財政状態の苦しいところが多い。福祉予算を切り詰めるため意図的に判定を厳しくしていると考えざるを得ません」

 そうした状況にもかかわらず、今回、要介護度の改善した自治体にはインセンティブを与えられることになったのです。Iさんは「多くの自治体が要介護度の判定を、さらに厳しくするのではないか」と危惧します。

 「国の狙いは、介護予防講習などの『努力』で、要介護度が改善することでしょう。しかし、『努力』をしなくても、判定を厳しくすれば、結果として要介護度は改善され、インセンティブを得ることができます。多くの自治体は、判定を厳しくするのではないでしょうか」

 結局シワ寄せは家族に。介護離職の危機も増大

 要介護度の判定が厳しくなれば、さまざまな問題が生じます。特に深刻な問題は、すでに要介護認定を受けている人が「認定更新」を受ける時です。

 更新は、原則として1年おきですが、利用者の状態が安定している時は最大2年、不安定な時は1年以内の更新もあります。この更新で、要介護度が軽く判定されることがあれば、利用できていたサービスが利用できなくなる恐れがあります。Iさんが具体例で説明してくれました。

 「たとえば要介護3の方を同居している娘さんが介護しているとします。平日はすべてデイサービスを利用することで、仕事を続けることができた。ところが、認定更新によって要介護2と判定されてしまった。2では他のサービスとの兼ね合いで、デイサービスを減らすことになり、娘さんが自力で介護する日が増えてしまい、離職を決断せざるを得なくなった。それによって困窮し、追い詰められていく……。こんな事態が起きることも考えられます」

 ▼自治体の“都合”で介護スタッフの負担も増加

 要介護度の判定が厳しくなると、ケアマネージャーにもプレッシャーがかかるといいます。要介護認定は、申請から認定まで約1カ月かかります。ただ、突然寝たきりになったというケースでは、認定が出る前に介護サービスを受ける必要があります。

 こんな時、ケアマネは利用者の状態を見て、たとえば「要介護2の認定はおりるだろう」といった見込みを立ててケアプランを作成し、サービスを入れることが多いそうです。これまでは、そうした想定でサービスを開始できましたが、判定が厳しくなれば、「想定外」のケースが増えるかもしれません。

 「判定が厳しくなれば、要介護2の人が要介護1に“格下げ”されることが考えられます。要介護1の限度額を超えるサービスを入れてしまった場合、超えた部分は利用者さんやご家族に10割負担を強いることになります。結果的に軽めの要介護度でサービスを入れざるをえないでしょう。しかし、それでは十分なサービスが提供できているとはいえません。利用者さんの期待に応えられないということは、ケアマネにとってつらいことです」(Iさん)

 少子高齢化で、国や自治体の財政は年々厳しくなっているといわれます。これまで通りのサービスが続けられないという場面は、これからさらに増えてくるでしょう。しかし自治体の“都合”によって、十分な介護サービスを受けられなくなったり介護スタッフの負担が増したりするようなことが、許されていいのでしょうか。改正法の施行は来年8月。自治体が改正の意図を取り違えることがないように、弾力的な運用が求められていると思います。

 (ライター 相沢 光一)

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