【ローカリゼーションマップ】「好き嫌い」をやり取りしよう まず1人きりでビジョンを考える

2018.6.10 06:00

【安西洋之のローカリゼーションマップ】

 『デザインの次に来るもの』を書き、ロベルト・ベルガンティの『突破するデザイン』を監修してから、日本での講演会やセミナーでデザインについて話すことが多くなった。特に「意味のイノベーション」に触れる。モレスキンは1997年、ノートを「あなたが作る本」として売り出した。これが意味のイノベーションの1つの例だ。

 意味のイノベーションは最初に市場のユーザーの声を拾うのではない。他者の意見を聞くのは、問題解決型のイノベーションに向いている。意味のイノベーションでは方向が逆だ。外から内ではなく、内から外である。

 つまり企画する本人が1人でビジョンを考えるところからスタートする。愛する人に花束を贈るとき、何の花が良いかを愛する人に聞かない。驚きがないといけない。それと同じだ。ビジョンを固めていくプロセスで、議論する相手の数は増えていくが、最初は1人だ。ビジョンの深さは、このような過程で得られる。

 講演会やセミナーでこの内容を話すと、一定数、決まった反応がある。

 「1人だけで考えて良かったのですね!」「1人だけで考えて良いのですか?」とコメントや質問が返ってくる。

 1人で考えることに罪悪感がある、あるいは劣等感がある。そう想像せざるを得ない反応である。何かを考えるにはグループ作業、との固定観念がとても強い。もちろんグループ作業自体が悪いのではなく、1人で考えることとグループ作業の両方が必要なのだが、1人で考えるのが「悪役」を一手に引き受けている。

 どうしてなのだろう?

 大学の先生に聞くと「10数年前から、授業はインタラクティブであるべきとの流れが強くなった影響では?」とも指摘する。グループ学習がベースにある学生にとって、孤独な時間が過ごしにくくなったのか。そして就職すれば、「ユーザーの声を聞くのが、プロジェクトのはじまり」とユーザーリサーチに励み、その結果を皆で議論する。しかも「ビジネスとは問題解決だ。問題を正確に掴め!」と大きな声で言われる。

 そういうこともあるだろう。「集合知こそがネット時代の宝である」と言われれば、「もちろん!」と同意する。「異なる文化との出会いが新しいアイデアを生む」と聞けば、「本当にそうだ!」と大きな声を出したくもなる。

 どれも間違ったことを言っていない。そして、どれも「1人で考えるのは悪だ。やめろ!」なんて言ってない。それなのに1人での思索にマイナスのイメージが付着したらしい。

 かつてサラリーマンの世界には「同僚と仲良くやっていない」と思われるのを恐れ、無理しても同僚と一緒に昼食をとる空気があった。今、そのような職場にぼくはいないから分からないが、東京のオフィス街の昼休みの風景をみると、実に多くの人が1人で昼食をとっている。

 これだけ孤食が普及したのに、1人で考えるには腰がひける。

 1人で考えたことが「お前1人の考えなんか聞きたくない」とでも同僚に責められ過ぎるのだろうか。ということは、「お前1人でしか言えない」意見が尊重される、あるいはオーソライズされる土壌が求められるはずだ。

 それではどうすればいいのか?

 「好き嫌い」は子供じみた表現ではない。先日、認知科学を勉強された方は「好き嫌いは、その人の人生の履歴すべてが詰まった言葉」とコメントしてくれた。だから「お前1人でしか言えない」意見なのだ。「好き嫌い」の理由を深く掘り下げていくと、人の考え方のプロセスも見えてくる。

 したがって「好き嫌い」を表明し、他人の「好き嫌い」を素直に聞く。その習慣を普及させていくのが、1人で考えることを積極的に評価する土壌をつくっていく1つの道筋だ。

 「みんな、それぞれ1人1人の人生をもっとお互いに見つめ合おう」と今さらながらに思うのだ。人は、自分で考えたことを表現するために一生を費やしている。(安西洋之)

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【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『デザインの次に来るもの』『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)とフェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。

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