【ミラノの創作系男子たち】建物の歴史と文化土壌を知る…建築家に多い「レスタウロ」の仕事とは

2019.4.10 06:30

 イタリアの建築家は「レスタウロ」の仕事が圧倒的に多い。レスタウロとは修復のことである。(安西洋之)

 例えば、中世からある建物の歴史を調べ、その周囲の文化土壌を知り、21世紀の現在、何をこの歴史の1ページに加えるのが良いかを考える。最初にあったオリジナルを復元する、ということではない。新しいコンテクストをつくるのだ。

 建築家の仕事といえども、探偵と裁判官のような仕事だ。ディテールを丁寧に追って全体像を把握しないといけない。

 建築家のパオロ・ゴリネッリは「ぼくは大学ではアルビーニの共同経営者に師事し、卒業後はアルビーニの事務所で働いてから独立したので、いわば近代合理主義のど真ん中を歩いてきた。だから空からアイデアが降りてきた!みたいなことを話すタイプではない」と笑う。

 アルビーニ事務所は、20世紀のイタリアの建築・デザイン界の主人公の1人であったフランコ・アルビーニが創立した事務所である。パオロが大学を出た時、既にフランコ・アルビーニ自身はとっくに亡くなっていたが、その伝統を踏まえたスタジオで職業体験を積んだ。「常軌を逸する」ことが尊重される世界ではないのだ。

 最近の彼の仕事をみせてもらった。ミラノ市内にある建物のレスタウロだ。

 「この壁の色はね、ミラノの王宮の壁の色に準じた」と、プレゼン資料を見せながら説明する。そして「この長い廊下の壁はカラフルになっているが、それは建物の中庭にある冬の色とりどりの落ち葉をモチーフにとった」と言葉を加える。

 いかに自分の仕事が合理性の追求に基づいているかを説明する。

 そこで「分析のプロセスで点と点を結んでいくに際しての発想がクリエイティブなエリアですね」とぼくが指摘すると、「それはそうなんだけど…」と呟く。

 ぼくが、エネルギッシュなタイプをインタビューの相手として求めてきた、と彼は構えているのかもしれない。それを窺わせる言葉が他にもある。

 「スポーツは特にしない。市内を移動するのに、自転車で移動するくらいか。タイプ? ふつうの自転車だよ」

 「夜中、ベッドの中で置きだしてアイデアをメモするとか、そんなことやらない。寝る時は寝る!」

 「集中するための音楽を聞くとか、そういうのにはまったく関心がない。だいたい、音楽がなくても集中できる」

 クリエイターであることに控えめであり、それらしき振る舞いをするのも好きじゃない。大げさな表現を好まないのか、それとも合理性を重んじるデザイナーらしい姿勢を強調しているとみるのが良いのか。

 いずれにせよ、極めて標準的な生活を送っていることに意味があるのだろうと思い直す。更に質問を重ねていくと「そうだ!ヨガは10年以上続いている。まったく力まない別の世界を知ることができた」と急に思い出したように語る。

 少しはぼくの期待に応える話題を見つけたかな、との表情になる。

 それでは自宅でもヨガを毎日やるのかと聞くと、「いや、ヨガのジムに行かないとやらない。自宅ではその気になれない」と、ここでも過剰を避ける生活ぶりに力点をおく。

 かといって、勤め人のように私生活と仕事が分化しているのかと問えば、「この仕事をやっていて、私生活と仕事は一続きに繋がっている」と断言する。

 冒頭に記したように、建築の設計は、その場所の自然環境や文化土壌も把握するのが大事だが、例えば、シチリア島の物件があれば建物を隅々観察し、その土地の資料を読み込むだけでなく、シチリアの料理やワインを口にして土地の人々と語りあう。

 レスタウロに要求される情報を取得するためだけでなく、そういう時を過ごすのが好きだからこそ、レスタウロの仕事が楽しい。五感が刺激され、知的好奇心が満たされると自分のビジョンが内から湧き上がってくる。それはきっと、自分の内にある普遍的な価値観に触れるのだ。

 「ゼロからアイデアを生み、比喩を駆使しながらそれを人と議論し、コンセプトにするより、自分なりにあらゆる要素をまとめるのが好きなのだ」

 パオロはこういうタイプなのだ。

 ただ彼も長い間、建築家をやってきて、出身の事務所にあった合理的なアプローチが全てだとは思っていない。使う材料やデザインも、硬いものより柔らかいもの。重いものより軽いもの。エスプリが効いているもの。こうしたタイプに惹かれるようにもなってきた。

 その意味で、旅で訪れた東京にある建築物も、とても気に入っている。しかし、言うまでもなく、それを自分のデザインのなかに取り入れるかどうかは別の話になる。

 また、自転車でミラノの街を走っていれば、景色のなかに気づくことは多々ある。国内外を問わず、アートの展覧会にはよく出かける。特に現代アートには目がない。文学書を読むのも大好きだ。

 パオロは自分で語るほどには、合理的世界に嵌りきっているわけではないように見える。今の世の中には過激で過剰な表現が満ち溢れ、エッジがたっていないとマイナス評価を受けかねない風潮がある。そうした空気を彼は遠ざけたいから、あえて違った「表現言語」と「ライフスタイル」を選びたいと無意識に思っているのではないか。

【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。

 安西さんがSankeiBizで長年にわたり連載しているコラム【ローカリゼーションマップ】はこちらから。

安西洋之(あんざい・ひろゆき)

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モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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