【経済インサイド】安倍首相イチ押しの「予防医療」、財源めぐり早くもさや当て

2019.5.14 06:55

 「ただ今より第7回『明るい社会保障改革研究会』を始めます。今回でヒアリングは最後になります」-。3月27日午前8時、東京・永田町の参院議員会館の地下会議室で始まった議員連盟の会合。一般マスコミだけでなく業界情報に早い医療系専門メディアも皆無の議連に、SPとともに姿を現したのは自民党の加藤勝信総務会長と世耕弘成経済産業相だった。

 首相の思いを背景に

 「明るい社会保障改革研究会」は昨年12月に初会合。予防・健康分野を中心に、民間活用や個人の努力支援などで持続可能な社会保障制度の構築と経済成長の同時達成を目指す「明るい社会保障改革」をめぐり、先進的な取り組みを進めている企業や医療関係者らと意見交換を行っている。

 会長は上野賢一郎財務副大臣、事務局長に佐藤啓参院議員と元総務省キャリア官僚コンビが議連を取り仕切り、会合には経産省や厚生労働省の審議官・課長級も毎回出席。議論の成果を今夏に取りまとめられる政府の成長戦略の実行計画へ反映させることを狙う。

 中堅・若手議員中心の議連に、加藤、世耕両氏という第2次安倍晋三政権発足時に官房副長官を務めた安倍首相の側近中の側近2人が顧問格で参加するのは、安倍首相の予防医療への強い思いが背景にある。安倍首相は若手時代、自民党の社会部会長(現・厚労部会長)を務め、介護保険制度創設の検討などを通じて社会保障改革に問題意識を持ち続けている。議連は党側から、安倍首相イチ押しの予防医療に対する機運を盛り上げる役割も果たす。

 「本日は全世代型社会保障改革の大きな柱である病気予防や介護予防についての保険者のインセンティブ(動機付け)強化について議論を行いました。これらの課題は約20年前に私が自民党の社会部会長に就任したときから考えてきた課題であり、20年来、私も執念深く取り組んできましたが、今回はぜひ実現したいと考えています」

 成長戦略の実行計画に

 3月20日に首相官邸で開かれた政府の未来投資会議の締めくくりで、安倍首相はこう述べ、予防医療の推進を実行する強い決意を表明した。同日の未来投資会議では、国民健康保険を運営する地方自治体ら公的医療保険の保険者の意欲を高めるため、予防医療に積極的な自治体へ交付金を配分する制度の拡充などを具体的に検討していくことで一致。ウエアラブル機器といった最新技術を持つ民間企業などとの連携の推進も確認した。

 この結果、これらの予防医療に関する施策が成長戦略の実行計画に盛り込まれるのは確実となったが、問題は実行するための財源だ。予防医療で社会保障費を抑制できるかについては両説あり、今のところは新たに財源を確保する必要がある。

 医療系団体の筆頭である日本医師会の横倉義武会長は、3月31日の臨時代議員会で「健診データの一元化や(官民連携の)日本健康会議の健康寿命の延伸に向けた取り組みの結果として、妊娠・出産から高齢者に至るまでの切れ目のない全世代型の社会保障を達成しなければなりません」と述べ、予防医療を推進する安倍首相と歩調を合わせる考えを強調。これに先立つ3月27日の記者会見では「社会保障費とは別財源をちゃんと確保してほしい」とも語り、必要財源は既存の社会保障費とは切り離すよう求めた。

 財務省は慎重

 一方、財務省は、昨年10月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関、財政審)の財政制度分科会で「予防医療などによる医療費や介護費の節減効果は定量的に明らかではなく、一部にはむしろ増大させるとの指摘もある」と明記した資料を提出し、予防医療の推進に消極的な姿勢を明確化。社会保障の専門家の間からも「経産省の権益拡大の一環」「本当に必要な社会保障財源確保の話を覆い隠してしまう」といった見方は少なくない。さらに財務省は4月4日、財政審に社会保障費抑制などを集中的に議論する「歳出改革部会」の新設を決め、歳出拡大を牽制(けんせい)する。

 ただ、首相周辺は「予防医療の推進の財源は既存の社会保障費とは別枠で確保する方向で調整する」と明言しており、財務省の分は悪い。また「国の財政状況をみると社会保障の負担増は不可欠だが、それを国民が受け入れるための工夫が必要」とも指摘し、その“工夫”の1つが予防医療だというのだ。

 予防医療が浸透することで国民が社会保障の向上を実感し、代わりに負担増にも納得する。こうした好循環が実現するのか、それとも絵に描いた餅で終わるのか。社会保障改革は難易度の高い道筋をたどっているといえそうだ。(桑原雄尚)

閉じる