【専欄】真っ盛り、拡大の一途をたどる中国「おひとりさま経済」

2019.8.1 11:00

 1990年代後半、中国で暮らして最も困ったのは、食事と旅行である。一人でレストランに入るとじろじろ見られてストレスとなった。旅行も、長時間の鉄道旅行ならコンパートメントを使いたいが、一部屋4つのベッドに女性が一人混じるとそれは不安だ。中国は「一人」の文化がない、とその頃の私は思った。(ノンフィクション作家・青樹明子)

 二十数年がたち、今や中国は「おひとりさま文化」が真っ盛りである。男女ともに一人旅が増え、中国版カプセルホテルが各地で話題である。大人数で行くカラオケははやらず、その代わり「一人カラオケ」が隆盛だ。日本のテレビ番組「孤独のグルメ」が人気で、日本の「おひとり席」について紹介されると、インターネットではアクセス数が上昇し「羨(うらや)ましい!」「安心して食事ができる」「理想的なレストランだ」などというコメントが寄せられる。

 中国のおひとりさまは、今とんでもないことになっている。2018年の統計によると、中国の独身人口は2億4000万人で、これは英国とロシアの全人口を合わせた数字に匹敵するのだそうだ。

 独身者たちは、今後も増える一方とみられていて、彼らは中国人のライフスタイルを大きく変えていく。成年後、老後生活、そして死後にいたるまで、これまでの常識を大きく変えている。

 経済に及ぼす影響はより強い。中国の出前アプリはすさまじい規模で拡大し、「外買」と呼ばれるテークアウトは既に都会人の生活に欠かせない。

 中国の不動産は、これまで男性たちが結婚前に購入することが多かった。家がないと結婚の条件が低くなるためだったが、しかし今は、独身女性の購入が激増している。

 某26歳の独身女性は、まさに独身貴族である。週に3回はジムで運動し、化粧品は高価なブランド品を順番に試す。季節に応じて服を新しく買いそろえ、美容にかける費用は惜しまない。休暇には国内外を旅行し、読書の習慣も欠かさない。今後、絵画やピアノ、乗馬といった趣味に費やす時間も増やしたいそうだ。

 毎年世界中で大きく報道される11月11日のネット通販も、もともとは独身者向けのイベントだった。今では一般に広まり、2018年のアリババグループの売上高は、11月11日1日だけで約3兆5000億円を記録した。

 しかし、一人である気楽さは孤独と表裏一体である。

 人気の鍋料理店「海底撈火鍋」では、対面する席にクマのぬいぐるみを置く女性の一人客がいる。「一人じゃない」というアピールで、店側も了解し、人形の前にも箸などをセットする。私が昨年泊まったホテルのダイニングには、人間の子供ほどの大きさのぬいぐるみが、いくつかのテーブルに鎮座していた。食事のお供らしい。

 孤独感と安心感、これらを巻き込みながら、中国のおひとりさま経済は、例を見ない規模で拡大の一途をたどるようだ。

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