【ローカリゼーションマップ】「人生は不安定だから自分は自分で守る」 新型コロナで子供に教えたいこと

2020.3.6 07:00

 子どもは新型コロナウイルスの流行から何を学ぶのか?特に、学校が閉鎖されているなか、親は何を教えればよいのか?

 「危険な状況であるのを隠すのではなく、真実を伝えないといけない。子どもを悪いことから遠ざけ、人生があたかもいつも安全で保障されているかのような感覚をもたせてはいけない。人生には限界が存在する。したがって新型コロナウイルスが何ものであり、どのような影響を与えるものなのかを、子どもの能力で分かる範囲で伝えるべきだ」

 哲学者であるウンベルト・ガリンベルティの言葉の要約だ。ミラノの出版社が編集する動画で、公開された2月29日から2日間だけでおよそ12万回の再生がされた(3月4日時点およそ23万回の再生)。ロンバルディア州で新型コロナウイルスの感染者が確認され、2日後には学校などの閉鎖が決まり、1週間を経たところでの「振り返りと今後の心構え」である。

 彼は次のように言葉を続ける。

 「(19世紀のイタリアの小説家の)マンゾーニ『いいなづけ』にあるミラノがペストで混乱した描写や(フランスの小説家の)カミュ『ペスト』を読ませてみることだ。もちろん、あの時代と現代では医学の知識や治療がまったく異なることは伝える。ただ、こうした読書を通じて、誰かに守ってもらうものではなく、自分を守ったり反撃に出ることが人生であるとの意識を芽生えさせることができる。人生は不安定なものなのだ、と。今だけでなく、いつもだ」

 ガリンベルティは、この不安定さは、オフィスに行かずに自宅にいる親の姿にも表れる、と語る。毎朝、決まった時刻に出かける習慣が、突如としてなくなり、落ち着かなくなる。そこで、それまでの習慣自体を見直す機会として考えるよう勧める。

 即ち、人間とは何かを分かったつもりであった自分を見つめ直せ、ということだ。

 実は動画の冒頭は、「不安」と「恐怖」の違いについて説明している。漠然とした不安も、その不安の要因を確定することで「恐怖」になる。

 合理的な状況判断により、不安を脱することができる、というわけだ。恐怖心をもつのは、それ自体積極的に喜んで受け入れられるわけでもないが、対象が明確であるがゆえに自分をコントロールすることができる。他の表現を使えば、パニックを回避できる。

 このコントロールを自分の身に都合の良いように行うと、原因となりそうな対象に攻撃をかけるとの傾向が生じることがある。

 例えば、現在の欧州の状況でいえば、イタリア以外の欧州人はイタリア人や北イタリアという地域を攻撃対象とする(アジア人が対象になるニュースもあるが)。

 なぜならば北イタリアの感染が他国に比べて先行し、かつ欧州各国での感染は「イタリア人がウイルスを持ち込んだ」「北イタリアに行ってウイルスを持ち帰った」と報告されるケースが多いからだ。

 ぼくは、これらの他国のケースにイタリアが絡んでいるとの報告を、すべて全うに受けて良いかどうか分からないが、少なくてもそれらの国の人たちが「イタリア人とのコミュニケーションを遠ざければ、私たちは安全であるはずだ」と思う動機を提供しているのは確実だ。

 合理的判断はとても大切であるが、「合理的そうにみせた判断」はやっかいな代物であるとの例である。だが、前述したように、人の心は安定を目指すから「合理性をあらわしていそうな姿」にすがりつこうとする。それにあわせて、攻撃対象を持ち出してくる。

 動画を見終わって考えた。

 ガリンベルティは、人間のこうした弱さが生む、「必然として生じる不安定な状況」を子どもに教えると良いと言っているのだろう。親がどう子どもを守ろうが、親も人間である限り、人間の弱さから逃れられない。安定であるはずがない。

 存分な愛情を親が注ぎながらも、不安定な人生から子どもが隔離されることは決してない。逆にいえば、だからこそ、数少なくても信頼できる人との関係を築くのが、大きな課題になるのである。

36392

安西洋之(あんざい・ひろゆき)

kikaku/local/anzai.jpg

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
note:https://note.mu/anzaih
Instagram:@anzaih
ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。

閉じる