【試乗スケッチ】ホンダ浮沈のカギ握る新型フィット 保守的思想の中に革新性

2020.3.31 07:00

 ホンダ車で最多のユーザー数

 極めて保守的な佇まいに、チャレンジングな革新を感じさせる。そんな不思議な感覚に陥った。新型フィットのことである。

 フィットはホンダの屋台骨を支える意欲作である。これまで累計269万台を販売し、今でも保有しているユーザーは180万人もいる。ホンダ車の中ではトップの数字だ。ホンダの大黒柱なのである。

 一方でホンダは、4つのセグメントを重視する。ヴェゼルに代表されるSUV、Nシリーズ系の軽自動車市場、ミニバン市場はステップワゴンやフリードが担う。そしてコンパクトハッチはこのフィットが牽引するのである。そのコンパクトハッチの市場規模は、全体の4分の1に達する。つまり、フィットの浮沈はホンダそのものの経営に強く影響するのである。

 このように、ホンダの期待と責任がずっしりとのしかかるフィットなのに、意外なことに攻撃的な施策が見え隠れするのだ。守りと攻めのバランスでいえば、やや攻め側である。兵士が最前線で身構え、隙あらば刀を振りかざして切り込んでいくような、そんな覚悟のような力強さを感じるのだ。

 基本コンセプトには変化はない。「マンマキシマム、メカミニマム理論」に乱れはない。メカニズムは可能な限り小さく、それで得た空間は乗員の快適性にあてる。その思想には変化はない。

 だが、これまでのように、ホンダがコンパクトハッチらしさと思い込んでいた子供っぽさとの決別が感じられる。掲げたキーワードは「心地よさ」である。乗り心地の良さや、触り心地の良さに拘っている。実際に走らせると、乗り心地はこれまでのフィットの数十倍も優れている。キビキビ感をことさら求めていた先代モデルとはまったく別なのである。

 視界の広さにつくづく感心

 パワーユニットは2種類。1.5リッター2モーターハイブリッドと1.3リッターガソリンのラインナップだ。特徴的なのはハイブリッドである。インサイト等に搭載されていたユニットをコンパクトハッチに押し込んだ。シリーズ式とパラレル式を合体させたことが特徴で、つまり、エンジンを発電機として活用し、蓄えた電気で駆動させるシーンと、エンジンとモーターを併用して走るシーンが複雑に入れ替わる。大雑把に言うならば、トヨタ・プリウスと日産e-POWERの“いいとこ取り”なのである。

 市街地走行ではほとんどモーター駆動である。それでいて高速道路や山坂道などで強いトルクが必要になればエンジンが加勢する。経済性と運動性能を両立している。それがホンダ流ハイブリッドの個性になった。

 乗員への配慮も行き届いている。シートの座り心地の良さは格段に向上した。視界の広さも桁外れである。Aピラーは従来比で半分の太さに絞られたという。Aピラーの先には大きな三角窓もある。限られたサイズのなかで、よくぞここまで広々とした視界を確保したものだとつくづく感心するのである。

 スタイルもご覧のとおりである。ホンダの個性とされていた、ガンダム的なゴテゴテした筆遊びが抑えられている。エクステリアも、そしてさらにインテリアなどはもっと個性的であるのに、ゴデゴデ・ギドギドした印象がないのだ。

 そう、冒頭で紹介した感想は、ホンダの思想を守りつつ、大胆に変化したことを表現したつもりだ。まったく新しいのに安心感がある。保守的のようで革新性が同居する。ホンダの浮沈を背負うフィットは凄い。

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木下隆之(きのした・たかゆき)

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レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター

東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。

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