【クルマ三昧】商用車タイヤにF1タイヤ並みの技術を投入 目から鱗のミシュランの思想とは

2020.12.18 06:00

サーキットで待っていたマシンはミニバン

 ミシュランからの依頼で、サーキットに向かった。ヘルメットやレーシングスーツといったレーシングギア一式を持参していた。僕らレーシングドライバーがミシュランからの依頼でサーキットに向かうのだから、これはもう、高性能スポーツタイヤの評価テストか、レーシングタイヤの開発テストであるのが相場である。

 だがしかし、テスト内容は意外なものだった。なんとサーキットで待っていたマシンは、いや、マシンとは呼べないテスト車は、高性能スポーツカーなどではなくレーシングカーでもない、大きな図体のミニバン。登録車両ナンバーは「4」。商用車だった。

 評価テストタイヤは「アジリス3」。バンだけではなく、ライトトラックやキャンピングカーに装着可能な、無骨なタイヤだったから腰を抜かしかけたのである。

 商用車タイヤでサーキットテストする真意を担当者に問うと、至極真っ当な回答が返ってきた。

 「重心が高いバンでも、サーキット走行が可能なほどの走行安定性が必要なんです。重心高が高いバンだからこそ…と言えるかもしれませんね」

 ミシュランはフランスに籍を置く世界最大手(2019年)のタイヤメーカーである。日本のブリヂストンと売り上げ世界一を競っている。

 そんなミシュランが開発したタイヤの性能は素晴らしく、安定性や耐久性といったタイヤに欠かせない要件を高い次元で満たしている。モータースポーツへの参画も積極的で、F1タイヤの成功も経験済みであり、世界各地のサーキットで猛威をふるい続けている。

 「われわれミシュランは、モータースポーツタイヤと商用車タイヤを同一のベクトルで考えています」

 なんとも驚くべき言葉である。

 そう、アジリス3でサーキットテストするのは、そんな思想がベースにある。

商用車タイヤにこそ求められる走り味

 実際に走行してみると、クルマの安定性に優れていることがわかった。特徴的なのは、積載して走行しても(荷物を積んでのテストもさせられた…)、不安感が悪化しないことである。タイヤのケーシング剛性が高く、簡単に腰砕けしないのである。詳細な技術は割愛するが、高性能スポーツタイヤ並みの高度な技術が投入されている。それでいて、商用タイヤらしい配慮も見せる。縁石やガレ場でタイヤを保護するラバーを、サイドウォールに貼っていたりする。過酷な環境からも保護してくれる。

 個人的には履くことはないであろう商用車タイヤなのだが、改めて考えをめぐらせてみれば、商用車タイヤこそ、高い走行安定性が求められると再認識した。一般的に商用車は、荷物を積載して長距離を移動する。つまり、荷物の積み下ろし時間はわずかであり、それ以外の時間のほとんどは走っているのである。1日で数百キロものロングドライブもザラであろうし、1000キロを超える移動も少なくないに違いない。だからこそ、空荷から満載まで、不安感に変化のない走り味が求められるのである。

 もちろんこういったタイヤテストは、ミシュランに限らず商用車タイヤを開発するすべてのタイヤメーカーが行っているはずである。

 今回の評価テストは、スポーツタイヤばかりテストしてきた僕にとって、目から鱗(うろこ)が落ちた思いである。これからはもう少し、商用車タイヤに気を配ってみようかと思う。

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木下隆之(きのした・たかゆき)

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レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター

東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。

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