【クルマ三昧】ハイパワーと省燃費を両立 日産の革命的「VCターボエンジン」

2021.8.27 06:00

 100年を超える内燃機関の歴史の中で初となる「可変圧縮比エンジン」が、日産からデビューする。その名は「VCターボエンジン」。おそらく次期型「Xトレイル」に搭載されるであろうと想像するが、まだ公式なアナウンスはない。試乗車は、その次期型Xトレイルと思われるミドルサイズSUV。印象的なのはエンジンフィールの上質さである。直列4気筒1.5リッターの可変圧縮比ターボであり、最高出力204ps、最大トルク31.1kg・mを発揮。数値そのものは平均的だが、低回転から力強いトルクを絞り出す。力強さは格段に増した印象だ。シリンダーごとの爆発密度が整った感覚が際立っている。

 理想的な圧縮比にコントロール

 ただ、可変圧縮比エンジンの魅力はそこだけではない。燃焼効率の最適化が可能であり、ハイパワーと省燃費が両立できる点が最大のメリットなのだ。

 圧縮比とは、ピストンが上死点と下死点、それぞれの位置にあるときの燃焼室まで含めたシリンダー内の容積の比率のこと。ピストンが押し上げられ、上死点に達した瞬間にシリンダーヘッドとの隙間に生まれる燃焼室の容積によって圧縮比が決まる。燃焼室容積が小さければ高圧縮比となり、プラグによって点火されたときの爆発力は強くなる。大きければ逆に低圧縮比となる。一般的に高圧縮比になればパワーは増大する。

 ただ、現実的にはそう簡単ではない。圧縮比を高めれば理論的な燃焼効率は上がるものの、高圧縮比では、燃焼室に充満した混合気が自然着火してしまいプラグ点火する前に爆発してしまうため、意図したタイミングで燃焼させることができず、不利益が生じる。エンジンの損傷やパワーダウンをもたらす。一方で、高圧縮比にはメリットもある。燃焼効率が上がることで燃費には貢献する。

 このジレンマを解消したのが可変圧縮比VCターボエンジンといっていい。エンジン回転や駆動負荷に応じて適切な、理想的な圧縮比にコントロールすることができたのである。

 圧縮比のコントロール幅は、8.1から14.1である。パワー自慢の「GT-R」の圧縮比は約9.0であり、燃費自慢のマツダの新世代ガソリンエンジン「スカイアクティブX」の圧縮比は15前後である。ハイパワー車から経済車にまで対応可能なのだ。

 副次的なエンジンフィールの上質さも

 原理的には簡単だが、機構的には複雑だ。ピストンを押し上げ押し下げるコンロッドの中間に可変カムを組み込んだ。いわば、一方のシャフトの中間に関節を組み込んだものと考えていい。カムのアングルは電気式アクチュエーターで最適化される。高圧縮比でもあり、低圧縮比でもある。自在にコントロールできるのである。これによって燃焼効率を自在に変化させることが可能なり、ハイパワー化と省燃費が両立できるという理屈だ。

 二次的な効果もある。可変カム機構によりシリンダー内のピストンが正しく上下動するために、シリンダー壁とピストンとの間に生じるフリクションが少なくなり、安定してピストンが上下動する。振動を打ち消すための一次バランサーシャフトを組み込む必要がなくなったため、エンジンの上下長が短くなるばかりか、重量的な利点も生まれた。可変カム機構に必要な関節やアクチュエーターの重量増を相殺することが可能になったのも副産物だ。試乗中のエンジンフィールが整っており上質に感じられたのは、副次的に生まれたものである。

 もちろん、内燃機関を発電機として活用する「e-POWER」のエンジンとしても生かされる。高圧縮比としての効率と、低圧縮比ターボならではの高出力化、さらには可変カム機構により3気筒であっても上質な回転フィールが得られる。

 時代はEV(電気自動車)信仰の最中にあり、内燃機関の将来性に疑問を唱える意見は少なくない。だが、世界で走るクルマの大半はまだ内燃機関を搭載しており、まだまだ内燃機関を熟成させる意義は残されているのだ。

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木下隆之(きのした・たかゆき)

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レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター

東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。

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