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いまこそ「2つのJ」の思想を掲げたい 内村鑑三の独創的な日本的キリスト教 松岡正剛 (1/5ページ)

2013.10.21 19:00

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)

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 鑑三という名は「三度にわたって自分を顧みる」という意味をこめて、高崎藩士の父が付けた象徴的な名前だった。幼年期は儒学を学んだ。明治6(1873)年に単身上京して有馬英語学校に入り、新渡戸稲造・宮部金吾と同級になり、この2人とともに札幌農学校に向かった。立行社を結成し、卒業時には「2つのJ」に我が身を捧げきることを誓いあった。Jesus(ジーザス=イエス)とJapanという2つのJだ。

 明治17(1884)年、私費でサンフランシスコに渡った。アマースト大学やハートフォード神学校に学んだのだが、当時のアメリカ人たちの名誉先取り主義・拝金主義・人種差別などをかかえもったキリスト教観に疑問をもち、帰国後はしだいに「社会改良活動」「無教会主義」「日本的キリスト教」の確立に勤(いそ)しむようになった。これが1つ目の「鑑」だった。

 日本が日清・日露の対外戦争をするようになると、鑑三は「万朝報」の記者になってキリスト教と社会主義を結びつける強力な非戦論を主張した。けれども明治末期には社会主義を離れ、「柏会」をおこし、「聖書之研究」誌を創刊して、独自のキリスト者教育に乗り出していった。この2つ目の「鑑」から矢内原伊作や有島武郎や南原繁らが輩出した。

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