ところで雨情は北原白秋・西条八十と並んで「新民謡」の先駆者でもあった。これは大正末期から昭和初期に、各地の伝承や風情を新たな歌にしていったもので、昭和の世相における名産品、観光ブーム、温泉情緒、盆踊りに火をつけたものとして特筆される。「須坂小唄」「波浮の港」「ちゃっきり節」「東京音頭」などが全国的にも流行し、これらがやがて戦後の「ご当地ソング」にまで至ったのである。こうした雨情の作詞活動には、日本の村里にこそ日本人の心情の原点が宿るというパトリオティズム(愛郷心)が躍如していたはずだった。
【KEY BOOK】「野口雨情詩集」(野口雨情著/弥生書房、2205円、在庫なし)
北原白秋はガラスのペン先で知的に「日本センチメンタル」を紡ぎ出し、野口雨情は自身の内なる少年少女の心境から木の筆で「日本の哀切」を詩歌にした。白秋が窯変の達人なら、雨情は木彫の職人だ。本書はぼくが愛用していたもので、いったい何度目を通したことか。とくに「みなしご」(棄児)についての歌詞の前後に、何度酔わされたものだったか。
【KEY BOOK】「定本 野口雨情(全8巻・補巻)」(野口雨情著/弥生書房、3675~4725円)
「詩と民謡」「童謡」「地方民謡」「童話」「エッセイ」などで構成される全集。雨情の作品と文章のすべてが読める。各巻の解説者がいい。伊藤信吉・秋山清・大岡信・小島美子・住井すゑ・久保喬。実は雨情にはアナキズムの思潮が波打っていた。ぼくはそこにも共感していたのだが、この事情を秋山清が跡付けているのである。