城崎温泉駅に降り立つと、どこからか温泉の匂いがふわっと鼻孔を抜ける。そして改札を通り商店街に歩を進めると、浴衣姿の湯治客がならす下駄の音がからんころんと響いてくる。初めて城崎を訪れる者は、まずこの音にやられる。
近年、旅館やホテルはチェックインしたお客さんをなるべく囲い込み、外に出ずとも楽しめるような工夫とサービスを懲らすのが戦略のようだ。けれども、城崎の温泉街は正反対。お客さんがなるべく外に出て、7つもある外湯巡りをしてもらえるように静かに背中を押す。町の人は「共存共栄」といっていたが、この町全体がひとつの宿として客人を迎え入れるような感覚である。
さて、例の三木屋に荷物を置いてほどほどに、外湯をまわるための浴衣選びからあなたの城崎滞在は始まる。がやがやした歓楽街がないゆえ若い女性客も多い城崎の町。浴衣姿の彼女らが下駄をならしながらそぞろ歩きする姿には、じつに優美な風情があるのだなぁ。(おっと、鼻の下をのばし過ぎてはいけない。)まちの真ん中を静かに流れる大谿川(おおたにがわ)のほとりには何本もの柳が立ち並ぶ。湯あがりの火照ったからだを冷やす風が吹くと、柳の葉も静かに揺れる。