インターネット上に掲載された個人情報の削除を求める「忘れられる権利」を認める判決が5月に欧州連合(EU)の欧州司法裁判所(ECJ)で出されたことを受け、米検索大手グーグルは先週から削除作業を始めた。また、5月末から受け付けを始めた削除要請が26万件を超えたことが4日、分かった。削除通知を受けた発信元のメディアからは「妥当性に欠き、ジャーナリズムへの挑戦に等しい」(英BBC)などといった怒りの声が上がっている。「忘れられる権利」か「知る権利」かが、削除しない限り個人情報が永久に残されるデジタル時代の新たな権利闘争として浮上してきた。
ECJの判決は、インターネットで自分の名前を検索すると結果に過去に報道された記事が表示されるのは不当だとするスペイン人男性の訴えを認めたもので、5月13日に出された。男性は1998年、負債のため所有不動産が競売に掛けられ、スペイン紙がこの情報を掲載したが、すでにこの問題は解決したのに掲載され続けるのは苦痛だとして、削除を求めていた。
判決は「当初は正当だった検索処理も、時間の経過とともにプライバシー保護に反することもあり得る。検索企業は一定の条件下で、個人名での検索で表示される結果からリンクを削除する義務がある」と断じた。一方で、「判決は人々の正当な関心と個人情報保護の公平なバランスも求められる」とも強調した。また、判決の効力はEU内に限られ、グーグルが削除するのは検索結果に表示されるリンクのみで、リンク先の情報自体は残るとした。
■発信元に通知
これを受けてネット検索でEU内で9割以上のシェアを持つグーグルは、5月30日から削除要請の受け付けを開始。6月26日から削除作業に着手した。削除要請は約7万人から26万件以上寄せられ、一番申し立てが多かったのはフランスの1万4086人で、ドイツの1万2678人、英国の8497人が続いた。グーグルは実際に削除した件数は明らかにしていないが、「1件1件妥当性を専用チームが審査しており、コストと時間がかかることから、削除はまだごく一部分」という。
リンクから削除された記事の発信元には、当面、グーグルは通知するとしている。BBCでは経済部のロバート・ペストン氏が、2007年に米証券大手メリルリンチの会長だったスタン・オニール氏が数十億ドルの損失を出して辞任したことについて書いた記事が削除された。BBCによると、ペストン氏は「だれが削除を求めたかは容易に想像がつく。削除は妥当性に欠き、私のジャーナリズムの一例が殺された」とグーグルを非難している。
■猛烈抗議で取り消しも
また、英紙ガーディアンも、6件が検索結果から削除されたと通知を受け、このうち1件は10年に起きたサッカー、スコティッシュ・プレミアリーグの審判、ドーギー・マクドナルド氏(現在は引退)がPKの判定を覆した一件をめぐる記事だったという。これについては、ガーディアンがグーグルに「反論を申し立てる機会も与えられておらず、承服できない」として猛烈に抗議。グーグルは3日、削除を取り消した。
ニュースサイト「メール・オンライン」も、マクドナルド氏に関する記事へのリンクを一部検索結果から削除したとの通知を受けたとしており、サイトの発行人マーチン・クラーク氏は「こうした例は『忘れられる権利』がいかにばかげたものであるかを示す。図書館に行って、気に入らない本を燃やすのと同じだ」とフランス通信(AFP)に語った。
判決の対象は現時点では実質的にグーグルに限られているが、今後、ヤフーやマイクロソフトなどの対応も注目される。